2017年9月22日 (金)

コス島からティロス島へ

9月22日(金曜日)は朝の7時にコス島のコスマリーナを出航し約32海里ほど南にあるティロス島に向かいました。コスマリーナは係留費用は2泊で41ユーロとまあまあですが管理が行き届いた安心できるよいマリーナでした。うめぼしのようにシングルハンドで航海している船にとっては係留の支援があり電気水道などのサービスがあるマリーナは大いに助かります。アモルゴス出航時には隣のヨットのアンカーチェーンがうめぼしのアンカーチェーンの上に乗っておりなかなかアンカーを上げることができず30分ほど試行錯誤して何とか引き上げることができました。そのときはアンカー外し用の細いロープも役に立ちました。これまでも何度かアンカー関連のトラブルがありましたが、港の中でアンカーを打って係留するのはいろいろなリスクを伴うのでできれば今回のコスマリーナのようにモアリングロープなどで係留できると安心できます。22日コスマリーナ出航時は快晴で風は弱くやや狭いポンツーンでしたが問題なく出ることができました。出航後は西の風が2mほど吹いていましたが8時頃にコス島の東端を越えてからは北西の風が7mから9m位吹き出しクオーターで走りました。14時にティロス島のLivadhi港に到着し14時半にカタマランに横抱きさせて貰いもやいが完了しました。全行程7時間半のうち機帆走は途中風が弱まった時の1時間を含めて3時間ほどで残りは帆走で快適に走りました。

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トルコの半島の先クニドスの灯台

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Livadhi港のうめぼし

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2017年9月21日 (木)

コス島の観光

2017年9月21日はコス島の観光に出かけました。コス島はドデカニサ諸島の中ではロドス島に次ぐ人口3万人を擁する大きな島でトルコの町ボドルムからはわずか20kmに位置するエーゲ海の東側の島です。医学の父ヒポクラテスの生地でもあり治療院や医学校などの遺跡アスクレピオンがあります。また島の東端にあるコスタウンには古代劇場、西遺跡、古代アゴラ、騎士団の城、考古学博物館など観光ポイントがたくさんあります。うめぼしを係留しているコスマリーナはコスタウン中心部の南東1kmほどの所にあり朝の9時にマリーナを出て古代劇場、西遺跡を見てアスクレピオンに行きました。午後からは旧港にあるポートポリスに行き出航手続きを済ませ考古学博物館と古代アゴラを見て帰ってきました。

古代劇場

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2017年9月20日 (水)

アモルゴス島からコス島へ

9月19日の12時半にアモルゴス島のカタポラ港を出航し翌日20日の11時にコス島のコスマリーナに着きました。22時間半で78海里を走ったことになります。出航時は快晴無風でしたが港を出てしばらくすると東の風が2mほど吹きだすも機走で走り16時半頃にアモルゴス島の東端を過ぎてからも弱い東風が続きました。19時頃に一旦無風になり21時半になってやっと南西の風が4mほど吹き出したのでエンジンを止めメインセールを2ポイントリーフにして帆走に入りました。しかしこの風も長くは続かずに翌日2時には無風になり3時頃から弱い東風になったので再度エンジンをかけて機帆走で走りました。9時半にコス島の北東端の少し手前あたりで突然東の風10mが吹き出したのでセールを降ろし機走でコスマリーナまで行きました。この航海では風予報とはかなり異なる風が吹きました。風予報では西寄りの風が3m~5mだったのに対して実際には東からの風が大半でしかも20日の昼前には10m程度の東風が吹きました。風予報で風が弱い時には陸風海風など地域固有の条件によって実際に吹く風が異なることが起こり得るのではないかと思われます。

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アモルゴス島に沈む夕日

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コス島に昇る朝日

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コスマリーナにもやわれたうめぼし

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2017年9月19日 (火)

アモルゴス島からコス島へ

9月19日は午前中にバスで島の反対側の海岸の絶壁に建つパナギア・ホゾビオティサ修道院を観光に行きました。そして12時半にはアモルゴス島を出航し70海里ほど西にあるコス島に向かいました。というのも明日の夕刻までは風が穏やかだという予報なので明日中に何とかコス島までたどり着けるとよいと思い急きょ出航することにしました。

パナギア・ホゾビオティサ修道院

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修道院の入り口(ここで長ズボンに着替えます)

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修道院の中で桃酒とお水をふるまって頂きました

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修道院の中は撮影禁止ですがここはOK

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ここが入り口でここから100mくらい登ったところに修道院があります

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崖の下の海の色がいろいろ

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2017年9月18日 (月)

Indigo

2017年9月18日アモルゴス島にてCAVOK5の松崎さんに誘って頂きIndigoでの夕食会に参加させて頂きました。Indigoというのは船長32mの高級モータークルーザーの船名で持ち主は藤木幸太さんです。藤木さんは横浜の藤木企業の社長でヨット、乗馬、ヘリコプター操縦など多彩な趣味をお持ちの方です。Indigoは船長のスティーブさんシェフのトニーさんほか総勢5名で運営しておられるそうです。

https://www.boatinternational.com/yacht-market-intelligence/brokerage-sales-news/cbi-navi-motor-yacht-indigo-sold--21421

http://www.buyexploreryachts.com/105cbi-navi-indigo-broker-report.html

今回の参加メンバーは藤木さんご夫妻、松崎さんご夫妻、そして高橋唯美(Tadami)さんご夫妻と私です。TadamiさんはKAJI誌にもよく掲載されている著名なマリンイラストレータでお気に入りのマイタグボートGT-TAG20は現在広島観音マリーナに置いてあるとのことでした。

http://www.tadami.com/

Indigoは19日朝サントリーニ島に向けて松崎さん高橋さんと共に静かに出航していました。松崎さん藤木さんTadamiさんありがとうございました。

Indigo船上にて(左から藤木、松崎、高橋、高橋夫人、松崎夫人、藤木夫人:敬称略

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左はシェフのトニーさん(とても美味しい料理でした)

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帰りは船長のスティーブさんにテンダーで送ってもらいました

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アモルゴス島のカタポラ港にアンカーリングしているIndigo

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イオス島からアモルゴス島へ

9月18日の朝7時10分にイオス島の港を出航しアモルゴス島のカタポラ港に向かいました。出航時は快晴無風でしたがイオス島の西岸を北上するときは北風2m程度が吹き機帆走しました。9時半頃にイオス島の北端を越えてからは西風5m~8mのよい風が吹き一時間近く帆走することができました。しかしその後はだんだん西風も弱くなり機帆走に切り替えて走り13時頃からは今度は逆に東風が吹き出し真向いの風になりますのでセールをたたみ機走で走り16時前にカタポラ港に到着しました。全行程で36海里でした。カタポラ港ではバウアンカーのスターン着けにチャレンジしましたがなかなかうまくいかず隣の船のアンカーロープがラダーに絡まるなどトラブルになり一苦労しました。そうこうするうちにカタマランのキャプテンが助けにきてくれうめぼしに乗って一緒にアンカーを打ち直し何とか17時過ぎに係留作業を終えることができました。

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2017年9月17日 (日)

イオス島の観光

9月17日はイオス島内の観光に出かけました。港の北東1.5kmほどのところにBC3000年頃の前期キクラデス文明の古代集落スカルコス遺跡があります。この遺跡は1984年に見つかり1986年から発掘調査がはじまり現在も調査が進められている比較的新しい遺跡です。小さな丘の上に位置しており石で造られたたくさんの集合住宅が通路を挟んで並んで建っており江戸時代の長屋のような感じではないでしょうか。2階建ての住居や壁に組み込まれた食器棚やお墓も見つかっています。羊、やぎ、ぶたの骨、また穀物、レンズマメ、果物の種も見つかっており牧畜や農業を中心に生活していて中にはギリシャ本土や他の島で作られた土器や青銅器もあり交易も盛んであったことが伺えます。ハンコ(シール)や壺に押されたスタンプなども見つかっておりこれらは特定の農産物の生産組合を示しているのではと言われています。ここから出土した遺物は1999年に開設されたイオス考古学博物館に展示されています。

スカルコス遺跡・遠景(中央の丘の頂上部分)

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遺跡の地図と出土品

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ハンコやシール

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通路と住居跡

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通路の階段

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薄い板状の片岩を重ねて作られた壁

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遺跡の頂上から・下に見えるのは管理棟

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昔もこんなロバを飼っていたのかも

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管理棟(昔の建物はこんな感じだったのかも)

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遺跡からイオス島の中心の町チョラにつながる遊歩道

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遊歩道沿いにも遺跡が・屋根はこんな感じだったのかも

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薄い片岩を縦向きに使っているところも

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チョラの町の郊外にある風車

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チョラの町の北西の丘の頂上に建つアギオスニコラウス教会

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頂上に建つアギオスニコラウス教会と白い家並み

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頂上からの眺め・メガヨットのマストが目立つ

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チョラの街並みと遠くに薄くサントリーニ島が

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アギオスニコラウス教会の近くで会った隣のヨットのメンバー

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町の中心部にあるイオス考古学博物館・内部は撮影禁止でした

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2017年9月16日 (土)

クレタ島のレシムノからイオス島へ

9月15日レシムノを出航しオーバーナイトでサントリーニ島の南端にあるVlikadha港に向かいました。午前中は南東や西風が適度に吹いたりやんだりでしたが12時頃から北西の風が6m~8mほど吹き出し5kt前後で快適に走りました。夕刻から時間調整のためメインジブセール共に小さくして3kt前後で夜の間中帆走し16日の朝7時半にはサントリーニ島のVlikadha港に着きました。港内を見て回ったのですが松崎さん情報の通りヨットが満杯で横付け4艇重ねの状況でしたのでここに係留するのをあきらめてアモルゴス島に向かうことにしました。朝8時の時点では北北西の風が7m~9m吹いていたのですが11時頃から北東の風が吹き出し12時半には5m程になったのでやむを得ず行先を変更してイオス島に向かうことにしました。結果的にはこの判断は間違いで14時頃から今度は西風が吹き出し真向いの風の中を機帆走で11時間走り続けイオス島のイオスマリーナに18時に無事に係留することができました。トータル113海里の航海でした。

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アナフィ島から昇る朝日(7時)

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Vlikadha港

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サントリーニ島

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イオスマリーナにもやわれたうめぼし

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2017年9月15日 (金)

クレタ島のレシムノからサントリーニ島へ

9月15日(金曜日)は朝の7時過ぎにクレタ島のレシムノのマリーナを出航し北東80海里ほどのところにあるサントリーニ島へ向かいます。風予報では夏のメルテメもここ数日は収まり北西の風5m程度が続くようですので16日の午前中くらいには到着できる予定です。久しぶりのナイトセーリングになりますのでうまくいくのか心配な面もありますが注意してウオッチしていきたいと思います。

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2017年9月14日 (木)

レシムノの町の散策

9月13日は午前中にポートポリスに寄ったあとレシムノの町の散策をしました。クレタ島は他のエーゲ海の島と同じように山や崖が多いのですが緑の多さがまったく違います。農産物も豊富に採れるようで亜熱帯のバナナやアボガドなどもマーケットの棚に並んでいます。ギリシャの中でクレタが最も豊かだと言われるゆえんの一つはこの農産物の豊かさにあるものだと思われます。レシムノの町はハニアと似ていてヴェネツィア時代の要塞で囲まれた旧市街の古い街並みが美しく散歩していても細い道沿いの商店や展示商品を眺めているだけで退屈しない楽しさがあります。まずは町の北端の丘の上にあるベネツィア時代の城塞に行ってみました。そして街中の教会の中にあるレシムノ考古学博物館を見学しました。ここにはレシムノ近郊のゲラニ洞窟から発掘されたBC4500年頃の女性フィギュアが展示されていました。キクラデス文明の女性フィギュアの原型ではないかと思われます。

ベネツィア時代の城塞

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大砲の弾(鉄製?)

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レシムノ考古学博物館

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ゲラニ洞窟から発掘されたBC4500年頃のもの

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2017年9月13日 (水)

クノッソス宮殿の見学

9月13日(水曜日)はイラクリオンの町まで行きクノッソス宮殿の見学をしてきました。レシムノのバスターミナルから8時45分発の高速バスに乗り1時間半ほどでイラクリオンに着きそこからまたバスで30分ほどでクノッソス宮殿に着きました。ミノア文明の中でも最大の宮殿と言われるクノッソス宮殿はBC2000年頃から1370年頃まで栄えた宮殿で世界でも最古の宮殿だと言われています。160m四方の宮殿は階段で繋がる複数階の構造になっており王座の間や広場や倉庫など様々な役割を持つ部屋が1200もあったということです。その後ミノア文明の多くが展示されているというイラクリオン考古学博物館に行き陶器や青銅器やフレスコ画などを見学しました。線文字Bで書かれているのは羊15000頭や槍1000本など当時の人にとって重要だと思われる事項が書き記されていました。牡牛を飛び越える人のフレスコ画やブランコの陶器などから当時の子供から大人までの遊びの様子を思い描くこともできました。長さ2m程もある大きな青銅器ののこぎりもありましたが当時の青銅器製造技術はどのようにして次の時代に引き継がれていったのでしょうか。

クノッソス宮殿

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イラクリオン考古学博物館・全体模型

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蛸の絵

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長さ2mくらいある2人で使うのこぎり

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イラクリオン旧港にあるベネツィア時代の要塞

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旧港の中にあるマリーナはほとんど満杯のような感じでした

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2017年9月12日 (火)

ハニアからレシムノへ

9月12日(火曜日)はハニアの港を7時半に出航しクレタ島のレシムノへ向かいました。風予報では西の風が8m程吹くようでしたし昨夜夜半から港の中も8m前後の風が吹き出し隣の船ももやいロープの追加をしていました。朝6時の時点では出航見合わせのつもりだったのですが7時過ぎに風が弱くなってきましたので急きょ予定を変えて出航することにしました。天気は快晴、港の外に出ると西北西の風8m程でジブセールだけをあげアビームで帆走しその後半島の外側を回るときは10m~12mに吹きあがり波も1m程出てきて久々の船酔い気分でした。10時過ぎに半島を越えた後も北西の風8m程が吹き続け15時前にはレシムノマリーナに着き32海里を帆走中心で走りました。マリーナでは着艇支援の人がおらず係留しているヨットに乗っている人にもやいを取ってもらいましたがモアリングロープでしっかり固定できて安心ですし係留料も安く電気水道別で一泊6.14ユーロでした。

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2017年9月11日 (月)

ハニアの町の散策

9月11日はハニアの町を散策してみました。ハニアは人口15万人のクレタ島で二番目に大きい町ですが街並みは中世の面影を色濃く残す歴史と観光の町です。特にうめぼしを係留したベネツィアンポートの近辺は海沿いに古い建物が並び道路にはタベルナが軒を連ね夜遅くまで多くの観光客で賑わっています。海と船の博物館には昔のベネツィアンポートの模型もあり港の入り口のチェーンやシップヤードなど当時の様子が偲ばれる展示も多くありました。ハニア考古学博物館には古代ギリシャ時代やローマ時代、ビザンチン時代のモザイク壁画やライオンのレリーフなど数々の品が展示されていました。そしてミノア文明の線文字Aの青銅器の展示もありました。

ベネツィアンポートの散策・うめぼしのすぐ前はタベルナです

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ジャニサリーモスク(左)と海沿いの建物

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灯台から見た街並み

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海と船の博物館にある港の模型・外敵を防ぐためのチェーン

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シップヤードの模型

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港の入口の西側から見た灯台と港

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シップヤード(当時はこの中で船を作り修理していた)

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ハニア考古学博物館

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ローマ時代のモザイク壁画

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線文字Aと書かれていた青銅器

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ギターを弾く男性の絵

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ライオンのレリーフ

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2017年9月10日 (日)

アンティキティラ島からクレタ島のハニアへ

9月10日(日曜日)はアンティキティラ島を7時に出航しクレタ島のハニアのマリーナに向かいました。今日も快晴でアンティキティラ島の島影を抜けると南の風が7m~8m程吹いていて2ポイントリーフにして機帆走でしばらく走ると風が南南西6mほどになり8時半にエンジンを止め帆走に入りました。その後風は南西に振れクレタ島のロドポウ半島の岬まではアビーム5ノット強で快適にセーリングできました。12時半頃にロドポウ半島の島影に入り風が不安定になったためエンジンを起動して機帆走に入りました。ハニア湾の中に入ってしばらくすると今度は東から5mほどの風が吹いてきてクローズホールドの機帆走でハニア港まで走り16時50分に到着しました。43海里でした。ハニア港では外来船用の岸壁付近をうろうろしたりVHFでコールしましたが誰も来てくれませんでしたのでセーリング練習をしていた地元大学生のヨットに声をかけてもやいを取ってもらい無事に係留することができました。

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出航後すぐの日の出

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ハニア港(ヴェネツィアンポート)のうめぼし

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2017年9月 9日 (土)

キティラ島からアンティキティラ島へ

9月9日重陽の節句のこの日はキティラ島のディアコフティ港を7時10分に出航しアンティキティラ島のポタモウ湾に向かいました。快晴、南南東の風2mほどでセールを上げずに機走しました。12時頃から南の風5mほどが吹き出し2時頃には7mになりましたが機走で27海里を走り抜けました。15時前にポタモウ湾に着いたのですが当初予定していたアンカーリングポイントがあまり良くなかったこともありフェリー桟橋の横に横付け係留することにしました。

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真ん中のフェリー桟橋のしたにうめぼしが見えます

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この島は古代の沈没船のダイビングでも有名?

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遺跡の中に住む島人

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夕刻の19時頃にダイビングサービスボートのメンバーに声を掛けられました。この船で遺跡発掘に参加したそうで、今も沈没船のダイビングができるそうです。

https://youtu.be/OBFCUOrPHao

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皆さん親切で夕食のおかずやダイビングをあしらったTシャツをプレゼントしてくれました

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https://www.youtube.com/watch?v=OBFCUOrPHao

 

http://antikythera.whoi.edu/

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2017年9月 8日 (金)

モネンヴァシアからキティラ島へ

9月8日(金曜日)はモネンヴァシアを朝の7時に出航しペロポネソス半島の南端すぐそばにあるキティラ島のペラギア港へ向かいました。快晴で南の風2mを機帆走で快適に走りましたが11時10分頃にマレア岬を越えたあと東南東の風が7mほど吹き出しました。あわててメインセールを2ポイントリーフにしてクローズホールドで機帆走しようとしましたが上りきれません。やむを得ず行先を少し南にあるディアコフティ港に変更しクローズホールドぎりぎりで走りました。しかしこの風もだんだん弱くなり14時半にディアコフティ港に着くころには2m位に収まっていました。港にはヨットは1隻もおらずフェリー用の高い岸壁に横付け係留をしました。

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意外に大きなフェリーが来ました

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先ほどまでがらがらだった岸壁が車と人でいっぱいです

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2017年9月 7日 (木)

レオニデオンからモネンヴァシアへ

2017年9月7日(木曜日)は朝7時20分にレオニデオンの港を出航しモネンヴァシアに向かいました。快晴で北寄りの風3m、11時頃から東~南東2mと穏やかな天候のなか機帆走で33海里を走り15時過ぎにモネンヴァシアの港に着きました。水深4mと浅く風も弱かったのでアンカーを使ったスターンツウの係留に挑戦してみました。15時半には係留が完了しポートポリスに寄ったあとモネンヴァシア島の観光に行ってきました。

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海からみたモネンヴァシア島

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モネンヴァシア島の観光

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2017年9月 6日 (水)

ナフプリオンからレオニデオンへ

9月6日は朝の7時40分にナフプリオン港を出航しアルゴリコス湾の西岸中ほどにあるレオニデオン(Leonideon,Plaka)の港に向かいました。快晴で北寄りの風3~4mと引き続き穏やかな天候が続くなか27海里を機帆走で快適に走り14時15分に到着しました。係留している船は数艇で泊地は十分ありはじめ奥の方を検討したのですが水深に不安があり結局入口近くの角に係留しました。ところが午後から東寄りの風が6mほど吹き出し波が港の中に入ってきて船の揺れが大きくあまり居心地は良くありません。港の陸側には山が迫ってきていますが海岸は砂浜になっており田舎の自然豊かなリゾート地という感じのところです。

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2017年9月 5日 (火)

エピダヴロス遺跡の観光

9月5日は午前中にナフプリオンの町を散策し午後からエピダヴロス遺跡の観光に出かけました。ナフプリオンの旧市街の南東側の200mの丘の上に1700年頃ベネツィアが築いたパラミディの城跡がありそこからの展望はすばらしいものでした。そのあとアクロナフプリア要塞跡に行きナフプリア考古学博物館を訪ねました。午後からバスに乗って25km東にあるエピダヴロス遺跡の観光に出かけました。昨日のミケーネ遺跡に続く世界遺産の連続訪問です。エピダヴロス遺跡は紀元前4世紀頃に作られた浴場、宿泊所、医療施設、音楽スポーツ施設などからなる複合療養所といった趣の古代のリゾートです。崖の上に建つ堅固なミケーネ城塞とは異なりエピダヴロスは穏やかな丘陵地帯の上にあり城壁もありません。ギリシャクラシカル時代からローマ時代は比較的平和な時が続いたように感じられます。

パラミディ城跡

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アクロナフプリア要塞跡

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ナフプリオン考古学博物館

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ミケーネ遺跡のティリンスから出土したBC1300年頃の甲冑

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エピダヴロス遺跡・古代劇場

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体育競技場・スタジアム

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聖なる仮眠所・アバトン

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2017年9月 4日 (月)

ミケーネ遺跡の観光

9月4日(月曜日)はナフプリオンの北20kmほどのところにあるミケーネ遺跡までバスに乗って観光に行ってきました。係留場所のすぐ近くのナフプリオンの旧市街と新市街の間にあるシングルー通りのバスターミナルでもらった行き帰りのバス時刻表が便利でした。ミケーネ文明はBC1450年頃~1150年頃にペロポネソス半島で栄えた文明でギリシャ文字の原型の一つである線文字Bが使われていたことやクレタ島のミノア文明の後を引き継いでいることでも有名です。遺跡は小高い丘の上にあり城塞とその中にある王宮や墓、貯水池などからなっています。専制君主の住まいでもあり外敵から攻められないように堅牢な作りになっていますが結局は「海の民」に攻め滅ぼされ同時に文明も消滅してしまったようです。3000年以上前の人々が安全を確保するために巨大な城を作りより快適な衣食住生活を求めて土器や青銅器を作りまた武具やおしゃれのための装身具も作っていた様子を想像することができるこの遺跡はすばらしいと感じました。そしてそれを可能ならしめたのは地中海の中でも石灰岩の地層が多いこの地域と穏やかな気候が背景にあるのではないかとも思いを馳せています。

ライオンの門

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円形墳墓A

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城塞の東側

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王宮の床

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北門

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城塞の北側斜面

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ライオンの墓

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ミケーネ考古学博物館

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ミケーネ遺跡の模型

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2017年9月 3日 (日)

スペツェス島からナフプリオンへ

9月3日は朝の7時にスペツェス島を出航しペロポネソス半島のナフプリオンに向かいました。今日も快晴無風でしかもアルゴリコス湾の中ですから静かな湖面を走るような感じで27海里を揺れも無く快適に機走することができました。13時半にはナフプリオンの港に着き港の中の様子を観察すると意外に船が少なく空きスペースがかなりありましたので港の一番奥の岸壁の角の特等席にもやいをとりました。

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朝7時過ぎの日の出

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ナフプリオンの港にもやわれたうめぼし

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大型ヨットスタイルの観光クルーズ船

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2017年9月 2日 (土)

イドラ島からスペツェス島へ

9月2日は朝の7時にイドラ島のイドラタウン港を出航しスペツェス島に向かいました。快晴無風でほとんど波のない鏡のような海面を機走1500rpm~1700rpmで16海里を走り抜け11時にはスペツェス島の旧港に着いていました。結構大きな港なのですが係留している船も多くプレジャーボートから漁船まで混在して係留しておりディンギー用のスロープや木造艇の造船所などもありなかなか手頃な係留場所を見つけることができませんでした。20分程港内をうろうろしているとちょうど出航するヨットがありそのあとの空いたスペースにうまく係留することができました。コスタさんがもやいを取ってくれてモアリングロープも使わせてもらいました。街中にあるポートポリスに行った帰りにRonさんから声をかけられCOMPASS ROSEにお邪魔しました。イスラエルの海軍を退役した4人で航海中ということで外洋航海のノウハウなどいろいろ教えて頂きました。

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もやいを取ってくれたコスタさん

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スコットランドからきた80歳の木造艇

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観光潜水艦とOPディンギー

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COMPASS ROSE船上にて(左がミサイル艦船長だったDrorさん)

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左がRonさん右は将軍だった人でこのヨットのオーナー(このオーナーは船酔いすると言ってました)

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2017年9月 1日 (金)

ポロス島からイドラ島へ

2017年9月1日(金曜日)は朝の7時にポロス島を出航しイドラ島のイドラタウンの港へ向かいました。約12海里の近い距離です。9月になれば風は収まるとこれまで何度も聞いてきましたが今日9月1日の風予報によるとこれから5日ほどは穏やかな天気で絶好のクルージング日和になりそうです。今朝も快晴微風です。イドラタウンのマリーナは狭くて混んでいるとの噂でしたので恐る恐る様子を見に行きましたが朝10時と早かったためか少し空きがありました。ここでも隣のヨットに横抱きさせてもらい10時20分にはもやい完了です。イドラ島は自動車やバイクは持ち込めない島なので主要な交通機関はロバだそうです。それでも消防車やゴミ収集車など公共の車は動いていました。

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時計塔と教会

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2017年8月31日 (木)

ネアエピダヴロス(Nea Epidhavros)港からポロス(Poros)島へ

8月31日はネアエピダヴロス(Nea Epidhavros)港を朝の7時40分に出航し23海里ほどの行程のポロス(Poros)島の南端、ペロポネソス半島との間の狭い水路にある港へ向かいました。同じエーゲ海ですが中央部とペロポネソス半島に近いところとは気圧配置が少し異なるようで中央部とは違う風が吹いています。つまりエーゲ海の中央部では今日も結構強い北風が吹いているのですがネアエピダヴロスあたりは風向も風速も異なりそれほど強く吹いていません。しかしメタナ半島を越えたあたりから8m~10mの北風が吹き出しました。中央部ほどではないようですがそこそこ吹いています。ポロス島でははじめポロスタウンに近い方に泊めようとしましたが北西の風が強く見合わせて南側水路の東端の方に係留しました。55フィートの大きなヨットの風下側に横抱きさせてもらい13時にもやいが完了しました。

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横抱きさせて貰った55フィートヨットのメンバーと

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もやわれたうめぼし

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ポロスタウンの散策

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鳩の像と時計台

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2017年8月30日 (水)

エギナ島からネアエピダヴロス(Nea Epidhavros)港へ

8月30日は朝7時頃から久しぶりに雨が降り出し風も少し吹いていました。その後9時頃には雨も止み風も収まってきましたのでエギナ島からペロポネソス半島側のネアエピダヴロス港へ移動しました。10時に出航し東南東に14海里ほどの距離を機走し13時半にはもやいを取ることができました。出航時には隣のモーターボートの人にアンカーを上げるまでウオッチして貰いましたが特に問題なく上げることができて一安心でした。ネアエピダヴロスの港はモアリングロープが設置してありましたので比較的容易に係留することができました。係留料は17時から出勤の担当者に4ユーロを支払いました。(0.5×8m)

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港の南側のビーチ

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港から2kmほど西側にある町

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2017年8月29日 (火)

エギナ島の観光

29日はさっそくポートポリスに寄ったあと島内観光に出かけ、まずはバス(往復4ユーロ)でアフェア神殿を見に行きました。13時発のバスに乗り12km20分程度で島の北東側端海岸近くの高台の上に着きました。BC500年頃の建造で一つの石灰岩で造られたドリス式の柱が24本も残っていてエギナ島の女神アフェアに捧げられたというみごとな神殿です(入場料6ユーロ)。このアフェア神殿とアテネのパルテノン神殿とスニオン岬のポセイドン神殿を結ぶ三角形は月に照らされて白く輝く灯台の役目を果たしていたという話もあります。帰りのバスの車窓から聖ネクタリオス修道院を見ることもできました。

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アフェア神殿

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聖ネクタリオス修道院

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コロナ遺跡

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コロナビーチ

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港の界隈

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エギナ島のエギナマリーナに到着

8月29日11時半にエギナマリーナにバウアンカー・スターンツウで槍付け係留が完了しました。風がほとんどなくかつ大きなモーターボートの人がもやいを取ってくれてうまく着けることができました。

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もやいを手伝ってくれました

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サラミナ島からエギナ島へ

8月29日は朝7時にサラミナ島のサラミナマリーナを出航しすぐ南側にあるエギナ島のエギナマリーナまでクルージングの予定です。20海里弱ですのでうまくいけば12時頃には到着できると思われます。昨晩は松崎さんのCAVOKⅤの船上での海鮮バーベキュー招待して頂きました。参加者は石坂さん、邦子さん、ポールさん、タニアさん、エリーさん、ミハリススさん、松崎さん、私の8人です。船上で炭焼きの魚、イカ、エビなど新鮮な食材を焼いて頂きました。松崎さんありがとうございました。

左からミハリスス、エリー、松崎、邦子、タニア、ポール、石坂(敬称略)

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2017年8月28日 (月)

出航準備

8月28日は午前中に松崎さんの自転車を借りてフェリー乗り場があるパルキアのポートポリスに行きエギナ島までの出航届をしてきました。そしてマリーナオフィスで明日までの係留料105ユーロ(7泊×15ユーロ)を支払い、軽油20リットル(24ユーロ)を購入して出航準備は完了です。昨晩サラミスヨットクラブのメンバー3人が艇に訪ねてきてホームページの記事のためのインタビューを受けました。クラブはOPディンギー20艇を持っていてジュニアの育成に力を入れておりその活動資金がクルーザーの係留費からまかなわれていると言うことでした。インタビュアは15歳のクラブ員のジョージ君で昨晩は自分で音声レコーダーを回し今朝はカメラを持って写真を撮りに来ていました。子供でもできることは自分でする手作りのクラブ運営という印象を持ちました。

左からジョージ君のお父さん、一人おいてクラブの責任者、ポールさん

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2017年8月27日 (日)

アテネ観光

2017年8月27日は再度アテネの観光に出かけました。パルキアまで3kmほどを歩きフェリー(1ユーロ)に乗って対岸のペラマまで行きそこで一日乗車券(4.5ユーロ)を買ってバスに乗りアテネ中心部のテセイオン駅近くまで行き古代アゴラ(8ユーロ)を見学しました。アタロスの柱廊やヘファイストス神殿やアグリッパの音楽堂ほかの遺跡を見たあと近隣のローマンアゴラやアドリアノスの図書館を巡りました。そのあとエレフテリアス広場からバスに乗ってダフニ修道院まで行きましたがあいにく着くのが遅くなり閉館したあとになってしまって世界遺産のモザイク画を見ることはできませんでした。

アタロスの柱廊

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アタロスの柱廊の2階

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ヘファイストス神殿

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アグリッパの音楽堂

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ローマン・アゴラ

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風の神の塔

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アドリアノスの図書館

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ダフネ修道院

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2017年8月26日 (土)

45フィートトリマラン

8月25日の夕刻に松崎さんの友人の石坂さんご夫妻が45フィートのトリマランに乗ってサラミスマリーナに来られました。時々10m以上の北西の風が吹く中、松崎さん、ポールさん、マリーナ管理者のエリーさん、私の4人で着岸のお手伝いをしました。大きな船なので適当なバースが無く50フィートくらいあるモノハル艇に横抱きさせる形で係留することができました。フランスの大西洋岸の中ほどにあるラロシェルのNEEL TRIMARAN社で2014年に新造した艇で横幅が8mもある高速艇です。その後20時過ぎからポールさんご夫妻、石坂さんご夫妻、松崎さんと一緒にポールさんお奨めのタベルナまでポールさんの車で連れて行って頂きました。(石坂さんにご馳走になりました。ありがとうございました。)

http://www.neel-trimarans.com/modele_bateau/neel-45/

無事是貴人(45フィートトリマラン)船上の石坂さんと邦子さん

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松崎さんと横付けしたモノハル艇

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マリーナ管理のエリーさんと娘さん

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タベルナ(Sofileuia)にて左から邦子さん松崎さんタニアさん

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2017年8月25日 (金)

サラミスの海戦

紀元前480年9月にアテネを中心とするポリス連合海軍がサラミス島と本土の間のサラミス水道においてアケメネス朝のペルシア海軍に壊滅的な打撃を与えた海戦です。ペルシアの主力艦隊約700隻とポリス連合の約400隻が激突したものです。当時の軍船は三段櫂船という数百人の漕ぎ手兼戦闘員が乗る大きな船で船同士をぶつけたり接舷移乗して戦闘をしていました。狭いサラミス水道にペルシア艦隊をおびき寄せ大きく重く白兵戦に強いポリス連合が接近戦でペルシアを圧倒しました。

三段櫂船

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サラミス考古学博物館

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2017年8月24日 (木)

サラミスマリーナについて

サラミス島の西側に深い入り江となっているのがサラミス湾でその一番奥のサラミナの町にサラミナ港があります。その港の中の南西側の一帯に2つの桟橋がありその部分を管理しているのがSalamis Yachting Clubnautical club vourkari salaminas)です。このクラブは一般のクルージングヨットには公開されていないようです。オプティミストディンギーやカヌーなどがたくさんあり毎日比較的若い年代の人たちが船を出して練習しています。そういった青少年向けの活動もする地元のヨットクラブで現在は新規入会はできないということです。今回は松崎さんの紹介で特別に係留が許されたような感じです。そういうことで中に係留している人は地元の人がほとんどです。水道と電気の設備もあり静かで非常によいマリーナです。

https://www.nobs.gr/

https://web.facebook.com/SALAMIS.YACHTING.CLUB/?_rdc=1&_rdr

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すぐ近くに係留しているイギリスからきたポールさんとタニアさん

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2017年8月23日 (水)

アテネ観光

2017年8月23日は朝の9時から松崎さんご家族に連れられて一緒にアテネの観光に出かけました。タクシーでサラミス島の反対側のパルキアの町まで行きそこからフェリーに乗ってアテネ側の本島のペラマまで行きました。そしてバスでピレウスまで行きそこから地下鉄メトロの乗ってモナスティラキ駅まで行きました。そして市内観光のイエローバスに乗って最初に新アクロポリス博物館に行きそこを見学しアクロポリスに登りました。次にまたイエローバスでオモニア広場の北にある国立考古学博物館に行き見学しました。帰りは同じルートでサラミス島のマリーナがあるサラミナの町まで戻りタベルナで夕食をご馳走になりました。松崎さんには一日中大変お世話になりました。

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アクロポリスのイロド・アティコス音楽堂

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パルテノン神殿

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エレクティオン

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アテネ国立考古学博物館(馬に乗る少年 BC140年)

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アフロディテと牧神パンとエロスの像 BC100年

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木造船 BC2000年

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ボクシングをする子供 BC1500年

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アガメムノンの黄金マスク BC1500年

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帰りのフェリー船上にて

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2017年8月22日 (火)

オリンピックマリーナからサラミス島のサラミスマリーナへ(到着)

8月22日は夜明け前のまだ薄暗い6時15分にオリンピックマリーナを出航しサラミス島へ向かいました。45海里を走り17時に松崎さんに出迎えて頂き無事にサラミスマリーナにもやいを取ることができました。出航時は快晴で北の風3m、8時15分にスニオン岬を通過し北東の風5mセールを上げてアビームで機帆走するも9時には2mほどに、12時頃に北北西の風7mが吹き出しメインセール2ポイントリーフでクローズホールドで機帆走、13時北の風6m、14時サラミス島の手前5マイルで風速3m、サラミス島の西端を越えてからは真向いの風5mということで全行程機帆走でしたが比較的良い風に恵まれた航海でした。CAVOKⅤの松崎さんにはクレタ島のアギオスニコラウスでお世話になって以来の再会でしたが今回も良いマリーナを紹介頂きまた到着早々CAVOKⅤ上でビールをご馳走になりました。

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朝7時の朝日

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スニオン岬のポセイドン神殿

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CAVOKⅤの船上にてご馳走になりました(松崎さんと奥さんとお孫さん)

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もやわれたうめぼし

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オリンピックマリーナからサラミス島のサラミスマリーナへ

22日は午前中風が弱いようですのでこの機会にオリンピックマリーナからサラミス島の西側の入り江の奥のサラミスマリーナまで移動しようと思います。約50海里と少し距離がありますが18時くらいまでに到着できればよいと思います。

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2017年8月21日 (月)

キトノス島からオリンピックマリーナへ(到着)

21日朝の7時半にキトノス島のLoutra港を出航し14時にオリンピックマリーナに到着しました。26海里を6時間半で航海しました。出航時は快晴微風で8時にキトノス島の北端を越えるまでは微風、その後西北西の風2m~3m、9時50分にケア島の南端を越え北風4mここでセールを上げて機帆走開始12時50分にマクロニソス島の南端まで北風5m~7mで機帆走、その後はセールを降ろして機走しました。オリンピックマリーナはその名の通りオリンピック用に作られたマリーナで大きく施設も充実していますし入港時の係留支援も手厚く安心感があります。しかし近くに店が無く買い物ができません。そして係留料金は一泊50ユーロと過去最高値でした。

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ケア島最南端の灯台

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オリンピックマリーナのうめぼし

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キトノス島からオリンピックマリーナへ

2017年8月21日はキトノス島のLoutra港から北西へ20海里強のギリシャ本土のオリンピックマリーナに行く予定です。20日の夕刻にはLoutra港にたくさんのヨットが来ていてほぼ満杯になっていました。この港は結構人気のスポットなのかも知れません。マリーナのすぐそばに露天の温泉があります。係留料は4.1ユーロでした。21日は風が弱まる予報ですのでこの機会にできるだけ移動しておこうと思います。

Loutra港で係留支援をしてくれたハーバーマスターのコスタスさん

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マリーナは満杯です

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マリーナ点描

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2017年8月20日 (日)

シロス島からキトノス島へ(到着)

20日の朝7時半にシロス島のマリーナシロウを出航しました。シロス島の北端の岬を9時50分に越えましたが島の東側を北上するときは北の風が結構強く10m前後吹き17mの時もありました。また島の北側沿岸は波が悪くて船も揺れが大きく電燈や扇風機など据え付けをしっかりしていなかったものは床に落ちてしまいました。北端を越えたあとは一旦風が3mほどに弱くなりセールをフル展開して機帆走し、11時には5mほど吹きだしたのでエンジンも止めてアビームで帆走しました。12時半には8mから10mになりメインセールを2ポイントリーフして6kt近くで快走しました。31海里を6時間半で走り14時にはキトノス島のLoutra港に着いていましたがアンカーを使った係留が難しくハーバーマスターにうめぼしに乗りこんで貰ってスターンアンカーで何とか15時前に係留が完了しました。風が強い時にバックしながらのアンカー槍付けはうめぼしにとっては難しい技です。

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結構混んでいて狭いところに入り込ませてもらいました

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桟橋とマリーナオフィス

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対岸から見た桟橋

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すぐそばにビーチがあり白い家もきれい

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シロス島からキトノス島へ

2017年8月20日(日曜日)はシロス島から西に30海里弱離れたキトノス島に向かう予定です。寄港地はキトノス島の北東岸にあるLoutraの港です。Windytyでは北の風15knot程度が吹く予報ですが朝7時現在北北東7~8mが吹いています。7時半頃出航予定です。マリーナシロウには水道がありませんでしたがマリーナ近くの船具店ノーチラスから19日にスクーターを使ってポリタンクで60リットル運び清水タンクはほぼ満タンになりました。

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2017年8月19日 (土)

シロス島のドライブ

ドライブとは言ってもレンタルスクーターでの島内観光でありまれに吹く突風に煽られてスクーターが横滑りしそうな時などはひやひやしながらスピードを落としてゆっくりと走るのんびりしたバイク散策です。南側のVariはビーチで泳ぐ人もありまた深い入り江になっていてヨットも2艇アンカーリングしていました。またポシドニアの海岸ではトップレスで泳いでいる人もいましたがさすがにカメラを向けるのは憚られました。Aysemさんに勧められたポシドニア対岸にあるFinikasのマリーナにも寄ってきました。さすがに勧められるだけあって設備も整っていて静かでビーチも近くにある人気のマリーナという印象で多くのヨットが係留しまた近くにアンカーリングしていました。ヨットで行く時にはシロス島の南側としてはこの2か所がお奨めのポイントではないでしょうか。今日19日は北側に行ってみましたがビーチやマリーナは無く山の上からの眺望が見どころでした。アノシロスは下から登ると大変でしたがスクーターで行くとほぼ頂上まで楽々と登ることができカトリックの聖ギオルゴス教会を再度訪問してみました。ギリシャはギリシャ正教の人が大多数なのですがシロス島は住人の半数弱がカトリックというギリシャの中でも珍しい島です。その理由は13世紀にベネチア人がアノシロスの町の建設と共にカトリックを持ち込みその後為政者は変わってもカトリック信仰が許されてきた歴史によるものです。そういう意味ではシロス島の人々は少なくとも13世紀以降は自主独立の文化を継続してきたとも言えそうです。

Variビーチと沖にアンカーリングしているヨット

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ポシドニアビーチ

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Finikasマリーナ

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山側から見た聖ギオルゴス教会と風車

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カトリックの聖ギオルゴス教会

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断崖の上に建つ聖ギオルゴス教会

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島の北側は山が多く古代の石垣がたくさん残っています

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2017年8月18日 (金)

エルムポリスの南側の散策

マリーナシロウのすぐ南側にシロス国営飛行場があります。滑走路が1000m位の小さな空港で一日にプロペラ機が2便程度就航しているようです。この空港の特徴は標高70mくらいのちょっとした丘の上にあって風通しがよいことです。そしてこの空港は昔の遺跡の上に作られたようで空港のまわりには古代の石垣がたくさん残っています。そういう観点ではエルムポリスの町そのものが遺跡の中に作られた町と言えそうで古い石垣を巧みに活用しながら現在の建物が作られていますし活用しきれない石垣もたくさん残っています。マリーナシロウの北側にはギリシャで最初の造船所といわれる1861年創業のネオリオン造船所があります。そしてそのすぐ南側のタルサナス地区にはいまだに木造船を作っている小さな工場(港)がありました。工場の中には木工用の機械が並んでおりそのそばには建造中(再生中)の船が3艇置かれていました。木造船に必要となる船具をかなり充実した品揃えで販売している船具店もあります。また近くには工業博物館もあり昔の船舶用エンジンや外輪船の輪などが展示されていました。現在は観光以外のビジネスは苦しい面もあるようですがシロス島には19世紀に栄えた産業の一部がいまだに残っていてそれが町の懐の深さに繋がっているように思われます。

飛行場の外観

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遺跡の上に作られた飛行場

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ネオリオン造船所

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建造中の木造船

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木工工具が並ぶ小屋

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マリーナ近くの船具店(ヨハネさんは貨物船の技師として何度も日本に行った)

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造船所近くの船具店

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工業博物館

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外輪船の輪

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大型貨物船の機関部分の模型(関西のヤマネという会社が作った模型)

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壊れかけた石垣

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2017年8月17日 (木)

エルムポリスの町の散策

エルムポリスの町の名前の由来はギリシャ神話の中の商業の神様ヘルメスから来ているということで今でもキクラデス諸島全体の県庁所在地として諸島全体の政治や経済の中心地になっています。そういうことで観光客も少なくはないのですが地元に住んでいる人の割合が多いようで物価も地元民向けというかミコノス島に比べると格段に安いように感じます。飛行場もありますが諸島間の往来はフェリーの方が便利なようで町の中心地にあるフェリー乗り場には毎日大型フェリーが来るたびに車や人が満ち溢れています。そこから市役所に行く途中にヒオウ通り(Chiou Street)という道幅の狭い地元商店街がありそこでシロス島の特産品を売っているということで行ってみました。まずはサン・ミハリというこの島でしか作られていないという固いスパイシーなチーズを買ってみました。そしてハルバドピテスというお米で作った白い煎餅の間に白いヌガーを挟んだ甘いお菓子とロウコウミアというゼリーに白い砂糖をまぶしたお菓子を買ってみました。お菓子についてはさっそく食べてみましたが特別に美味しいかと言う意味では今一歩という感想です。ほかにも地元ワインにもいいものがあると言うことでしたがそれはパスしました。というのもワインはApeliaというブランドの5リットル箱入りが12ユーロ前後で売っていてこれが結構おいしくて自分で飲むにはこれで十分だと思ったためです。そのあと市役所の隣にあるアポロ劇場に行き入場料2ユーロを払って中に入ってみたところ公演準備の真っ最中でした。内装はミラノにあるスカラ座のコピーということで規模は小さめでも高級な雰囲気は充分に感じることができました。

港にある由緒あるホテルヘルメス(町の名前の由来となった名前)

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ヒオウ通り

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左からサン・ミハリのチーズ、真ん中はハルバドピテス、右はロウコウミア

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APELIAワイン(5リットル箱入りで1600~1500円、内税金24%)

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アポロ劇場

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2017年8月16日 (水)

キクラデス文明

シロス島のエルムポリスはキクラデス諸島全体の県庁所在地だということです。キクラデス諸島はエーゲ海の中心部にある39島11万人が住む島々でサントリーニ島やミコノス島などリゾート地として名高い島が含まれます。そのキクラデス諸島独自の文明があるということで興味を持ちました。しかも紀元前3200年から2000年という青銅器時代が始まった頃からでミケーネ文明より古くクレタ島のミノア文明と重なる時代です。この文明で最も有名なのは極度に様式化された大理石製の女性像です。1400体ほどが見つかっています。もう一つ有名なのはキクラデスのフライパンと言われる土器です。この両方がシロス島の北部にあるハランドリアニ遺跡でたくさん見つかっていて市役所と同じ建物にある考古学博物館と隣の文化センターに展示してあります。文化センターに展示してあるものはすべてアテネにあるキクラデス博物館にあるものの模造品でしたが説明員の人が手に取って説明してくれてよくわかりました。この土器の表面には色々な模様とともに数十人乗りの船が描かれていて当時から既に島々の間で交易が行われていたことがわかります。またこの土器は用途不明との説もありますが説明員の人は裏返して水を入れて鏡として使うと明快に説明してくれました。墓の中では死者の目線の先にこの土器が置かれていて死者に希望を与える意味があるのではないかという見方もあるようです。

大理石の女性像(少し上を向き首が長く左胸が少し大きい)

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フライパンのような形をした土器(六光星の廻りを円と接線模様が囲んでいる)

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ハランドリアニ遺跡(28個の未発掘の墓が見つかった2002~2008年)

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上記の2つが見つかった11号の墓(遺体は折まがっていて遺体の視線の正面にフライパンが置いてあった)

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文化センターにて

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土器を手に取って説明(ここに水を満たして鏡として使う)

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大理石のバイオリン

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ピカソにも影響を与えたという女性像

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フライパンに描かれた船の絵

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2017年8月15日 (火)

マリーナ内での係留場所の移動

8月14日は午後から北の風が強まり係留している場所にかなり波が入ってくるのでとなりのヨットの人に助けてもらって係留場所を50mほど西の反対側岸壁に移動しました。元の場所の桟橋の下には海水の通路があってそこから外の波が入って来るのです。ブローで10m強の風が吹く中での係留場所の移動は一人ではなかなか難しい状況でしたが助けてもらいながらなんとかうまく少し静かな所に移動できました。この新しい場所は海からの風が吹きさらしで強いのですが今の所(15日午後)波はそれほど入ってきません。15日は午前中にマリーナシロウを出航し同じシロス島の南西側にあるフィニカスの港に移動するつもりでしたが当日朝の風はブローで12mくらい吹いていてあきらめました。風予報は北15knotといつもより少し弱くなるというものだったのですが実際にはかなり吹いています。今の予報では今週いっぱいはここに留まることになりそうです。

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もやわれたうめぼしを南側から見たところ

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Windytyによると今週いっぱいはエーゲ海はオレンジ色のようです

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2017年8月14日 (月)

エルムポリスの町の散策

8月14日(月曜日)は朝からエルムポリスの町の散策にでかけました。マリーナから海沿いに歩いていくと2kmほどで街の中心部になります。フェリー乗り場を通り過ぎて更に歩いていると岸壁に小さな漁船が2隻近づいてきて係留するとすぐに陸に獲れた魚を並べはじめました。するときっとこれを待っていたであろう人々がすぐに集まってきて小さな市が始まりました。日本を45回訪問したというおじいさんは25ユーロ分の魚を買っていました。ここでは魚は高級品です。また少し歩くとヨットやパワーボートが係留している一画があります。エルムポリスを訪問するヨットはここに来ていたのです。きっと今うめぼしがいるマリーナシロウは主に地元の人が使うマリーナであって外来の船は町の中心部であるここに係留しているのでしょう。その先の港の埠頭にThe Customs House(1834)ほかの古い建物(ネオクラシカルビルディング)がいくつかあります。ポートポリスはここに入っていましたので到着と出航の手続きをしてもらいました。埠頭から繁華街を抜けて市役所の建物を見に行きました。この建物は市役所としてはギリシャで最大の建物(one of the biggest municipal buildings in Greece)で2階はトスカーナ様式、3階はイオニア様式、角の柱はコリントス様式でできているそうです。その次にMetropolitan Churchに寄ってアノシロスに行きました。アノシロスは13世紀にベネチア人が建設した町で丘の頂上にはカトリックの聖ギオルゴス教会があります。次に東側の丘の上に建つギリシャ正教のキリスト復活教会(1870)に行きました。

上下とも白い服の人が45回日本に来た人

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外来艇が係留しているところ

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The Customs House

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ポートポリス

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繁華街

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市役所

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市役所から港を見たところ

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Metropolitan Church

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エルムポリスの坂道

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アノシロスと電柱

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アノシロスの頂上の教会

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アノシロス頂上からの景色

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アノシロスの細い路地から見た教会

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アノシロス

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アノシロスの東側の丘の上に建つギリシャ正教教会

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丘の上からみた港とフェリー

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2017年8月13日 (日)

シロス島エルムポリスのマリーナシロウに到着

8月13日の朝6時50分にミコノス島のマリーナを出航し12時にシロス島のエルムポリスのマリーナシロウに到着しもやいを取ることができました。19海里5時間の航海でした。出航時は快晴無風、7時半頃から西風3m、11時頃から北風6mが吹きましたが全行程1600rpm前後で機走しました。11時半にはマリーナに到着しもやいを取ってくれそうな人を探したのですが誰も出てきてくれませんのでやむを得ず一人で岸壁に横付けすることにしました。バウとスターンにもやいロープをセットし船を岸壁に寄せてロープ2本を持って岸壁に飛び移りすぐに両方のロープをもやうと言う方法です。

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ミコノス島からシロス島へ

8月13日の朝6時半にミコノス島を出航予定です。12日はマリーナ事務所で係留費用の精算をしました。係留費は6泊で27.36ユーロでした。一泊あたり4.56ユーロ(約600円)です。そのほかに電気水道の実績が約10ユーロかかりました。その後ポートポリスに行ってトランジットログに記録を残してもらいました。これで出航準備は完了です。その後マリーナ内をぶらぶらと散歩していましたら強風の中で桟橋の風上側に槍付けする上手い方法を見せてもらいました。風上側からバックで桟橋に近づき距離1m位でエンジンを前進にして止まります。すぐにもやいロープを渡してスターンと桟橋をつなぎます。そしてエンジンを強めに吹かして前進させるとロープとエンジンでバランスして船は一時的にロープの長さの場所で静止します。その間に風上側のもやいロープを桟橋から受け取ってバウまで持っていきこれをバウに固定します。そのあとエンジンをスローにすると船は風で流されて桟橋に近づき改めて桟橋側のもやいロープを引くとちょうどよい位置で船が固定されます。しかしこの作業は相当の操船技術が必要なようでその次に入ってきた50フィートのチャーターヨットは桟橋前で上手く止まることができずにスターンを桟橋に激突させてスターン部分が壊れていました。また更にその隣に係留しようとした船はバックしているときにバウが隣の船のほうに流されバウパルピットが隣の船のバウにぶつかって壊れていました。10m以上の強風にあおられるとバウスラスターを使っても持ち直すことが難しいようでした。13日の午前中だけは風が収まる予報ですのでその隙を狙って20海里西にあるシロス島まで行きたいと思います。

手前はバウパルピットが壊れその向こうの艇はスターンが壊れていました

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2017年8月12日 (土)

サボテンの実

アルメリマルでフミさんに教えて頂いたサボテンの実が美味しいということで食べるチャンスを探していたところ昨日ミコノスタウンに行く途中の海沿いの道ばたに手ごろなサボテンの実がなっているの見つけました。とげでけがをしないようにビニール袋で包んでゆっくり回しながらもぎ取って持ち帰り冷蔵庫で一晩冷やして今朝食べてみました。かなりあっさりした甘さでほのかにオレンジ系の香りがして美味しい感じがしましたが真ん中の方は小さな種がいっぱい入っていて皮に近い部分だけほんの少ししか食べられませんでした。今朝もそれ以外の果物をたくさん食べました。サボテンと一緒に写っているのはスーパーで買ったいちじくです。皮をむいて半分に切ると中はこってりしたイチゴジャムのような非常に甘くて質量のある果肉です。これは乾燥させてドライイチジクにしても美味しいそうです。ほかにスイカ、メロン、小さな黄桃、ミニトマトやヨーグルト、パン、スープ、コーヒーなどを食べました。スープはトマトや玉ねぎその他夏野菜を煮込んだものにタルハナスープの素とコンソメを入れた自家製です。

左がサボテンの実で右はいちじく

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皮をむいたところ

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小さな種がたくさん入っている中心部

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スイカとメロンとミニトマト

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タルハナスープの素

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タルハナスープの素を加えて作ったスパゲティスープ

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2017年8月11日 (金)

プロペラのトラブルの原因

先日のセールドライブとプロペラのトラブルについてはなぜそのトラブルが起こったのかいまだに判っていません。その時の状況を思い出してみますと7月27日にLevitha島からイカリア島へ向けて機帆走で航海中の12時頃にエンジンからゴロゴロとそれほど大きくはありませんがいつもとは異なる音がしはじめました。その時は特に何か障害物にぶつかったような形跡はありませんでした。すぐにエンジンを停止してまた何度かエンジンをかけてギアを入れたり切ったりしてみるとギアを入れてエンジンを1500rpm以上にするとゴロゴロと言う音がし始めます。そのときはプロペラは普通に動いていたように思います。その後はセーリングでマガニティスの港まで近づきましたが風が弱くなった時に1時間ほどエンジンを最低速にして走りました。しかしマガニティスの港の入口30m程手前まで来たときにはプロペラはほとんど回っていませんでした。この時にはエンジンの回転数を上げてもゴロゴロと言う音はしなくなっていてまたプロペラもほとんど回っていませんでした。この1時間ほど最低速で走っているうちにプロペラの胴体の部分が擦り減ってプロペラが回らなくなったのかドライブのディスクが完全に壊れたのかそのあたりがいまだによくわかりません。ボルボのセールドライブのプロペラは胴体の中に凹凸のネジ部分がありこれがエンジンの回転をプロペラに伝えるのですが、この凹凸部分が壊れやすい素材で作ってあり、もしプロペラが何らかの異物にぶつかった時にはセールドライブ本体が影響を受けないようにプロペラとセールドライブの間に緩衝材をいれてあるということです。今回はこの緩衝材の部分が完全にすり減って無くなっていました。それでも現地の技術者はディスクのトラブルだと言うことを見抜いたのは大したものだと思いますがプロペラについては何かにぶつかったのだろうと言うだけでした。

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2017年8月10日 (木)

マリーナミコノスについて

マリーナミコノスはミコノスタウンから北へ2kmほど離れたところに新しくできたマリーナで新港と呼ばれています。港の北側は北に入口があり地元の漁船などが使っているようです。南の入り口を使う南側の北半分(奥の方)は主にパワーボートが係留されています。そして入口に近い南半分には主にヨットが係留されていて約50艇分の係留バースがあります。北側と南側の海水は道路下でつながっていて海水が環流しやすい構造になっています。また北西から南東に伸びる岸壁の外側は大型客船や大型フェリーの発着する埠頭として使われておりここにポートポリスもあります。ここは今日も大型フェリーを利用する観光客であふれています。ヨットを係留する範囲には約30艇分のビジターバースがありヨットの出入りは頻繁にありますが満杯になることはないようです。マリーナマネージャーのニコスさんほか数名のサポート要員が常駐していてVHF12チャネルで呼び掛けるとすぐに出てきて係留の支援をしてくれます。桟橋には電気と水道の設備があり従量制で利用することができます。係留料金はうめぼし(8m)で二泊9.12ユーロです。このマリーナはまだ建設途中にあってトイレやシャワーはまだできていません。道を挟んだすぐそばに小さなスーパーがあり一通りのものは置いてありプロパンガス3kgは15ユーロでした。このマリーナの欠点は風の通路になっているようで風が吹き抜けることです。波が入ってくることは無いのですがとにかく一日中北西から15m前後の風が吹いていて風のためだけで船が傾いたり揺れたりします。

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マリーナ奥から南入口方面を見たところ

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向かい側岸壁から北の桟橋を見たところ

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南側桟橋からうめぼしを係留した北側桟橋を見たところ

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一番南側の桟橋はマリーナ内で起きた波しぶきで濡れています

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2017年8月 9日 (水)

ミコノスタウン散策

8月9日はミコノスタウンの散策に出かけました。うめぼしを係留している新港からは歩いて30分ほどですがのんびりと海沿いの道を街の中心部がある旧港まで歩いて行きました。新港と旧港の間には大型のクルーズ船が2隻アンカーリングをしていて乗客をタウンまで運ぶ小さなフェリーボートが行きかっています。さすが地中海で一番の観光都市ということだけあって訪れる観光客の客も半端な数ではなさそうです。まずは旧港のさらに南側の海岸沿いにある6台の風車です。そして白い迷路と言われてるタウン中心部の細い路地を散策しました。そして昨日もきたディロス島行きのフェリー乗り場のすぐ近くにある民族博物館に寄りました。最後に旧港の中にあるアンナ海岸の近くにあるマリアのタベルナでピザを食べて帰ってきました。艇に帰り着くとちょうど隣のバースにババリア46というクルーザーが着岸してきて艇長に聞くと外は45ノット(約23m)の風だったということで相当疲れた様子でした。明後日までこの風が続きそうな感じです。

毎日来る大型クルーズ客船

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海沿いにある6つの風車

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丘の上にある風車

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白い迷路

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民族博物館

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願掛けの吊り下げ人形

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マリアのタベルナ

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ミコノス考古学博物館(ミコノス出土BC7世紀トロイの木馬の絵)

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2017年8月 8日 (火)

ディロス島の観光

ディロス島はミコノス島のミコノスタウンから南西8km程のところに浮かぶ小さな島です。古代ギリシャでは聖地とされ政治や商業や芸術の中心地として栄えた島で世界遺産にも登録されています。ミコノスタウンから観光フェリーに乗って30分程で行くことができます。フェリーから降りてディロス島に上陸するとすぐ隣にヨットが係留されていましたので近づいてみるとなんと今朝マリーナミコノスでうめぼしの船内を案内した人々が乗っています。ギリシャのWaters Pilotによるとすべての船はディロス島の500mより近いところにアンカーリングしてはいけないと書いてありましたのでてっきりヨットでは行けないと思い込んでいましたが、帰ってからよく読み返してみるとヨットだけは遺跡の管理事務所が開いている時間帯に限り立ち寄ることができると書いてありました。何ともギリシャらしいというかヨーロッパらしい規則だと感心しました。

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ミコノスタウンからディロス島へのフェリー

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ディロス島に係留していたヨット

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このヨットは毎日お客さんを乗せてマリーナミコノスからディロス島に行っているようです(後日マリーナミコノスの桟橋にて)

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紀元前7世紀のライオン像

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ディオニソスの家

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ディオニソスの家の床のモザイク

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貯水システム跡

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古代劇場跡

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Sacred Way

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ディロス博物館

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遺跡の全景

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ミコノス考古学博物館の展示品(ディロスの金細工や皿)

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2017年8月 7日 (月)

イカリア島からミコノス島へ

8月7日(月曜日)の夜明け前6時にイカリア島アギオスキリコスの新港を出航し18時半にミコノス島のマリーナミコノスにもやいを取りました。約53海里を12時間半かけて平均4ノットの航海でした。イカリア島の南岸を通過する間は主に南西の風が5m~7m吹いていましたが島影と言うこともあり風向は一定せず風が無くなることもままありました。この間はメインセールはフル展開しジブセールは出したりひっこめたりを繰り返しながらエンジンは1550rpmとスローの機帆走で走り10時頃にイカリア島西端のPappao岬を通過しました。島影を抜けると風予報通りに北北西の風が3m~5m程吹き出しメインジブ共にフル展開しリーチングで機帆走しました。12時には風速が7mに上がりヒールが大きくなってきましたのでメインセールを1ポイントリーフにしエンジンを止めて帆走しました。しかし13時前には風が少し西に振れたこともあり艇速が4ノットを切ってきましたので再度機帆走に切り替えました。14時には風速が8mを越えてきてメインセールを2ポイントリーフにしましたが14時20分には風向が西北西に変わり風速も10mに上がってきましたのでジブセールを巻き取りエンジン2000rpmの機走に切り替えました。ほぼ風上に向かってエンジンだけで機走すること3時間半時折波がデッキを越えてコクピットまで飛んできて頭から塩水をかぶることもままありました。

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出航後しばらくしての日の出

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イカリア島の南西端(Pappao)の灯台

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マリーナミコノス

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2017年8月 6日 (日)

プロペラの修理

8月6日(日曜日)は朝の9時過ぎにダイバーのニコさんとメカニックのジョージさんがボルボ社から送ってきた新しいプロペラの胴体を持ってきました。すぐに作業を始め10時過ぎにはプロペラの取り付けは完了していました。これで今回のトラブル関連の作業はすべて終了したことになります。そのあとポートポリスに行って明日イカリア島からミコノス島へ移動する届出をしてきました。明日の朝の風を確認してからですが風が良ければ50海里強西にあるミコノス島のミコノスマリーナへ向かいたいと思います。

胴体は新品が送られてきました

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一部が擦り切れてしまった留めネジ

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胴体の中のネジ溝

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事前に工具を確認して

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実際の潜水作業は30分足らず

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左からジョージさんとニコさん

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午後から町のMarberry Treeの下でコーヒーをご馳走になりました

左からKostasさんSpiroeさんGeorgeさん

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1912年にイカリア自由国として独立した時の英雄像

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スパゲティパーティ

8月5日(土曜日)の夕方7時半過ぎにハリーさんが車で迎えに来てくれました。イカリア島の北東端の飛行場の脇にある小さな漁港でスパゲティパーティがあるということで誘って頂いたのです。車で20分程走るときれいな海岸線に夕日が沈むのが見えてきてすぐに会場である漁港に着きました。パーティの会場は海辺にテーブルと椅子が並べてあるだけの露天で心地よい風が吹き抜けていきます。近くの物置小屋のような小さな建物の中でスパゲティやサラダを作って運んできているようです。そして地元のワインメーカーの人が生の赤ワインを大きなペットボトルに入れてたくさん持ってきてくれています。このパーティは地元のヨットクラブが主催するパーティのようでクラブプレジデントのステファノスさん自らスパゲティを茹でていました。初めての生ワインを片手にスパゲティやファーバービーンズという豆料理を美味しくいただきました。そのあとファナリという小さな町のレストランに行くとまたそこでもヨット関係者のパーティが開催されていてオリンピックフィン級メダリストほかヨット関係が多く集まっていました。ギリシャ民謡の生演奏を堪能しワインをお土産にもらって24時過ぎに帰ってきました。

ハリーさんが送り迎えをしてくれました

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ハリーさんの娘さんとお孫さん

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夕日が美しい北東端の西側

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パーティ会場

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左からニコラウスさんとDimonさんとワイン

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ファーバービーンズ

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ファナリのレストランにて(2つ目のパーティ)左端がミュンヘンオリンピックフィン級銀メダリストのイリアスさん

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2017年8月 5日 (土)

セールドライブの修理(続き)

8月4日の午後にジョージがやってきてアテネから部品が届いたといいます。届いたのはディスクとフライホイールの中心部の2つでプロペラはまだでした。さっそくこの2つの部品をフライホイールはエンジン側にディスクはセールドライブ側に取り付けてくれました。そしてエンジンの位置を後ろにずらしながらエンジンとセールドライブをドッキングさせようとしますがなかなかピタッと入りません。3人がかりでいろいろ苦労しながら位置合わせをして何とか組み立ててくれました。ギアオイルとクーラントを入れてエンジンを稼働させうまく動いていることを確認して作業は終了です。前日にインペラを交換したりくたびれたホースを交換したり錆が出ているところには油をさしたりエンジンオイルを追加したりして少し整備をしておきましたので全体的にかなり良くなったはずです。但しダイナモやスターターなどの電気関係は未整備のままです。

ディスクの交換した部品(古いもの)

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フライホイールの中心部は新品が届きました(写真は古い物)

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2017年8月 4日 (金)

イカリア島ツーリング

8月4日はレンタルのスクーターを借りてイカリア島内ツーリングに出かけました。島全体に山や崖のところが多く道路も山肌をくねくねと回りながら登ったり下りたりするところがほとんどでオートバイでカーブを楽しむ人にとっては最高のルートなのかもしれませんが当方にとってはあまり乗り慣れないスクーターでかつ初めての道でもあり時速20kmから30kmくらいでゆっくりと(恐る恐る)走りました。島の北東端まで10km程走ると海のそばの高台の上に石造りの丸い塔がありました。紀元前1世紀頃のローマ時代の見張り塔だそうでその頃の敵はペルシャだったのかもしれません。また島の北側にも行ってみました。北斜面も南側と同じく急斜面が多いのですが緑の量がまったく違います。それほど背の高くはない灌木や草が生い茂っています。きっと北斜面に降る雨の量が多いということなのでしょう。しかし期待していた畑や果樹園のようなところはあまり見かけませんでした。豊富な野菜や果物は他の島から持ってきているのでしょうか。スーパーマーケットで買うイチジクは今が旬だということで濃厚ないちごジャムのような果肉は甘くて日本ではなかなかお目にかかれない逸品なのですがこれはどこで栽培されているのでしょうか。

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はるか東の沖合にサモス島が

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小さなスクーター(レンタル15ユーロ)

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北側の海岸

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南側の海水浴場

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アギオスキリコスの港

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2017年8月 3日 (木)

イカリア島について(続き)

イカリア島の名前の由来となったギリシャ神話です。イカロスの父ダイダロスは細工の名人でした。ダイダロスはクレタ島のミノス王のために迷宮ラビュリンスを造りました。しかしダイダロスは後にアテネの英雄テセウスの手助けをしたという理由でミノス王から見放され息子のイカロスと共にその迷宮の中に幽閉されてしまいました。迷宮を抜け出すためにダイダロスは鳥の羽を集めて大きな翼を造りました。大きい羽は糸でとめ小さい羽は蝋(ろう)でとめました。 翼が完成し二人が翼を背中につけて飛び立つ時に父ダイダロスは息子のイカロスに言いました。 「空の中くらいの高さを飛ぶのだよ。あまり低く飛ぶと霧が翼の邪魔をするしあまり高く飛ぶと太陽の熱で溶けてしまうから。」こうして二人は飛んで迷宮から抜け出しました。農作業中の人々や羊飼いたちが二人の姿を見て、神々が空を飛んでいるのだと思いました。ところが空中飛翔に夢中になってはしゃぎすぎたイカロスはしばらくすると父の忠告を忘れ高く高く舞い上がってしまいました。そして太陽に近づくと羽をとめた蝋(ろう)が溶けてしまいました。イカロスは羽を失いまっさかさまに落ちてしまいました。その落下したところが小アジアに近い島で以後この島はイカリア島と呼ばれるようになりました。イカリアとはイカロスが島という女性名詞について語尾変化したものだそうです。アギオスキリコスの港の防波堤の突端にこの島出身の彫刻家イカリス氏が建てた高さ17mのイカロスの記念碑があります。

礎石には「一人落下して万人飛翔す」とあるそうです。失敗を無にしないために??

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今朝港を歩いていたら日本語で話しかけてきたHarryさん。ダイイチという会社の貨物船の船長をして日本に何度も来たそうです。お茶をご馳走になりました。

左からDimonさんニコさんHarry(Kallabos)さん

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すぐ近くに係留されているHarryさんの木造ケッチ「AEOLOS」号Dscf5448_r Dscf5449_r

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2017年8月 2日 (水)

イカリア島について

イカリア島はエーゲ海の東側のトルコに近いところに位置しています。日本ではあまり知られていませんがギリシャ神話にも登場しているように昔からエーゲ海の中の島の一つとしての歴史を積み上げてきていますし現在はリゾート地として欧米から多くの観光客を集めています。またビュイトナーの著書「ブルーゾーン-100歳人に学ぶ」によると沖縄と並んで世界的長寿の島の一つだということです。しかも単に島民全体が長寿というだけでなく高齢者が元気に暮らしているつまりピンピンコロリなのだそうです。それができている理由の一つとして2010年に日本の和食とともに世界無形文化遺産に登録された地中海式食事法(Mediterranean Diet Pyramid)があると言われています。オリーブオイルと新鮮な野菜や果物を豊富にバランスよく食べるということです。また温泉を利用した湯治も古代ローマ時代から行われているようでアギオスキリコスの隣町のテルマでは個室に日本と同じような湯船を設置した部屋をたくさん用意して湯治客がゆっくりお湯に浸かれるようになっている湯治施設もあります。そういうことで映画「ハッピーリトルアイランド-長寿で豊かなギリシャの島で」の舞台にもなっています。実際に町を歩いていると相当高齢の方が店の番をしているのもよく見かけます。話しかけると実に愛想よく丁寧に話し相手になってくれます。

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テルマの湯治施設

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アギオスキリコスは豊かな水の町です。街中にこのような水道がいくつもあります。

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2017年8月 1日 (火)

セールドライブの修理(続き)

うめぼしから取り外した部品を修理するためにアテネのボルボ社に送ったところさっそくボルボ社から見積もりが届いたということでGiorgos(ジョージ)さんが打ち合わせに来てくれました。セールドライブのディスクとエンジン側の部品(フライホィールの中心部?)の修理費1300ユーロ、プロペラ胴体部の修理費500ユーロ(この2点はボルボ見積)それにGiorgosさんの工賃500ユーロとニコさんの潜水作業費100ユーロ、これらの合計で2400ユーロ(約31万円)ということです。足立社長に確認したところリーズナブルな内容だと言うことでしたのでこれで進めて貰うことにしました。部品が戻ってくるのは4日後ということです。

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2017年7月31日 (月)

イカリア島のアギオスキリコス港について

アギオスキリコスはイカリア島では最大の町でイカリア島の南東沿岸にあります。アギオスキリコスの港は南西側の旧港と北東側の新港の二つがあります。うめぼしはこの新港のほうにいますが港そのものができたばかりでまだその他設備が無くサービスは何もありません。ただ水道の水が供給されているので大いに助かっています。管理オフィスも無く係留料は今の所無料のようです。新港の西側にポートポリスがありギリシャに入国してから訪問した島の記録がトランジットログに記載されていないことをかなり責められました。ギリシャでは立ち寄った港で必ずポートポリスに行ってトランジットログに記載して貰うことが必要なのです。7月8月のエーゲ海は北寄りの風が強く吹く日が多く特に今日31日と明日は15m以上の風が吹くようですがこの港の中にいるとそれほど波が入ることも無く安心して係留することができています。

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7月8月のエーゲ海は風が強い

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2017年7月30日 (日)

セールドライブの修理(続き)

昨日作業がほぼ終了した14時頃に再度プロペラの状況を確認したところなんとプロペラが空回りしていることがわかりました。彼らは何やら相談したり電話をした後、明日また来ると言って帰って行きました。せっかく上架しないで済むと思ったのにこれからどうなるのだろうかと心配です。ここアギオスキリコスのマリーナには上架用の設備は見当たりませんしクレーン車か何かを手配できるのだろうかそれとも隣のサモス島までまた曳航していく必要があるのだろうかと不安な一夜を過ごしました(でもよく寝ました)。7月30日(日曜日)の朝10時頃に昨日の技術者(ジョージさんということにしておきましょう)がもう一人ニコ(ニコル?)さんと一緒に現れました。船上でニコさんに状況を説明した後ニコさんはダイビングの準備を始めました。そして潜るとすぐに水中カメラでプロペラの状況をリアルタイムに船上のモニターで確認できるようにしました。そこからジョージさんとニコさんの連携プレーが始まります。必要な道具を渡したり受け取ったりまた船上からドライブが回らないように固定したりと二人の連携プレーの結果30分くらいでプロペラと胴体を外してしまいました。昨日取り外した部品とこの胴体を一緒にアテネに送りボルボ社で修理して貰うことになりました。ニコさんの作業料は取り付けを含めて合計100ユーロということでした。

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ニコさん

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2017年7月29日 (土)

エンジンのセールドライブの修理

7月29日の朝10時にフェリーのミハリ船長が手配してくれたエンジンの技術者が3人来て診断をしてくれました。その結果セールドライブの上部の四角い部分のディスクが壊れているということでエンジン本体を10cm弱前に動かしてセールドライブの上部のディスクを取り出しそれをアテネのボルボに船で送って修理するということで工期一週間修理費1500ユーロという見積でした。それであれば上架せずに済みますのでよかったということで明日の朝の船に間に合うように今日すぐに修理に取り掛かることにして作業に着手し14時に作業は終了しました。

エンジンを前に10cmほどずらしてセールドライブから切り離しました

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棒でエンジンを引っ張り上げています

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四角いところから取り出した部品(この真ん中の部分が壊れているとのこと)

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もう一つエンジンの後ろ側の部品を取り出しました

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2017年7月28日 (金)

イカリア島のマガニティス港からアギオスキリコス港へ

7月28日は朝からうめぼしの曳航手配に取り掛かりました。しかしなかなか良い方法が見つかりません。マンガニティスの村は冬は人口100人程度で夏は500人になるという典型的なリゾート地です。大型ボートでやって来る人やダイビングをする人など色々な人がいますがその中でも地元の人だなと思われる人を選んで声をかけて曳航してくれる船はないかと聞くのですがなかなかちゃんとした返事がありません。そうこうしているうちに12時を過ぎた頃に近くのセイシェル海水浴場まで海上タクシーの案内役をしている女性に頼んだところすぐに手配してくれました。手配してくれたのは朝一番で交渉したフェリーの船長でそれが彼女のお父さんだということだったのです。夕刻18時頃には戻ってくるのでそれからの曳航になるということでした。実際には17時半頃に戻ってきてすぐに曳航してくれ10海里を8ノットで引っ張ってくれました。海上は非常に穏やかで波がほとんどありませんでしたので安心して引っ張られていることができ19時前にアギオスキリコスの港にもやうことができました。曳航料は500ユーロでした。

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曳航してくれたフェリーのミハリ船長と二人のクルー

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マガニティスの港

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2017年7月27日 (木)

Levitha島からイカリア島へ

うめぼしから、続報がeメールで届きました。(日本時間 7/28 1244受信)

イカリア島のインターネット環境があまりよくなく、ホームページへアクセスできないのでeメールで掲載記事が届きました。

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2017年7月27日も夜明け前の5時45分にLevitha島を出航し18時過ぎに

何とかイカリア島の南岸のマガニティスの港に着岸できました。天気は快晴で

航時は南西の風6mほど吹いていました。Levitha島の南岸を西に抜けて

ナクソス島に向かおうとするとクローズホールドの上り角度ぎりぎりで

機帆走でもちょっと厳しい感じでしたので行く先をイカリア島の南岸西側の

カルキナグリ港に変更しました。この方向ですとアビームで帆走でも行ける感じ

でした。8時頃には10mくらい吹き出しメインセールを2ポイントリーフにしましたが

10時頃には6mほどに落ちてきてまたフルメインで帆走しました。11時頃には

4mまで弱くなり機帆走にしました。ところが12時頃にエンジンからゴロゴロと

音がしだしました。びっくりしてすぐにエンジンを停止していろいろと確認をしたところ

どうもセールドライブから音が出ているようです。足立社長にメールで確認する

セールドライブのベアリングの故障だろうということでした。そこでそのあと

帆走中心で行きましたが段々と風が弱くなり14時であと8海里です。運よく

15時頃からまた4mほどの風が吹き出し18時にマガニティスの港に入港でき

ましたがその時はプロペラはほとんど回っていませんでした。

373337N 0260705E

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とのこと。

現在位置は北緯37度33.37分、東経26度07.05分

現在位置: https://www.google.co.jp/maps/place/37%C2%B033'22.2%22N+26%C2%B007'03.0%22E/@37.5561708,24.9968945,8z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x0!8m2!3d37.5561666!4d26.1175

宮原

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2017年7月26日 (水)

ニシロス島からLevitha島へ (Levitha 島に停泊中の続報)

うめぼしから、続報がeメールで届きました。(日本時間 7/28 1244受信)

Levitha 島にはインターネット環境がないため、このeメールは次の寄港地(次報)から発信されました。

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2017年7月26日水曜日は夜明け前の朝6時にニシロス島のパロン港を出航し

43海里走って16時30分にLevitha島の入り江にもやいを取ることができました。

出航時は快晴無風でしたが8時には南西の風2mほどが吹き出し8時半頃

コス島の南端を越えてからは南東ないし南の風が2~4m吹き追い風のなか穏やかな

航海をすることができました。11時半頃から南ないし南西の風が4m前後吹き

2時間程度帆走することもできました。50cm程度の波が少しありましたが

船の揺れはそれほどでもなく快適な航海日和です。Levitha島の入り江は非常に

静かな所でなおかつブイが設置されていて(利用料7ユーロ)安心して係留

することができます。島の住人は漁師をしている大人4人と子供2人だけで

あとは遺跡がたくさんあるようです。残念ながらここではインターネット回線が

まったくつながらず宮原さんにまたしてもお世話になることになりました。

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とのこと。

宮原

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Levitha 島に停泊中

うめぼしから、イリジウムメールが届きました。(日本時間 7/26 2257受信)

201707261330UTC Levitha Tou No Irie Ni Moyai Totta 370015N 0262815E 0300UTC Ni Syukkou Kisou Net Ga Tukaenai

2017年7月26日1330(UTC=日本時間-9H)Levitha 島の入り江にもやい取った。現在位置は北緯37度00.15分、東経26度28.15分。0300UTCに出港し機走。ネットが使えない。

とのこと。

現在位置: https://www.google.co.jp/maps/place/37%C2%B000'09.0%22N+26%C2%B028'09.0%22E/@37.992327,25.6129197,7z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x0!8m2!3d37.0025!4d26.4691666

地図の右下の+ボタンを操作すると縮尺が変わってLevitha 島が見えてきます

宮原

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2017年7月25日 (火)

シミ島からニシロス島のパロンへ

7月25日の朝6時10分にシミ島の港を出航し38海里走って16時10分にニシロス島の北岸パロンの港に到着しました。快晴無風のなか出航し島と島の間の細くて小さな海峡を抜けて西に向かいました。トルコの半島の南側を走っているときは南西の風が1~3mほど吹きクローズホールドでゆっくりと機帆走することができました。11時頃に二つ目の岬を越える頃に西風10m強が吹き出したためニシロス島へ向かうことを諦めクローズホールドでぎりぎり走れるシロス島へ行く先を変更しました。10m強の風なのでメインセールは2ポイントリーフ、ジブセールは半分巻き取って機帆走で走りました。ところが13時頃に風が南西に変わり正面からの風になったため再度行く先を変更しニシロス島に向かうことにしました。南西の風5~7mが吹きフルセールのアビームで快適に帆走することができました。ところが14時には再度風が西北西10mに変わりまたしても正面からの風になり残り6海里をセールを降ろして機走で走り何とかパロンの港に入ることができました。ここでもバウアンカーの槍付けですがヨットとヨットの間の狭い空間にアンカーを打ってバックで上手く入ることはうめぼしでは不可能です。そこで少し大きなヨットの横に横抱きさせてもらうことにしました。それでも係留料3.83ユーロを取られました。

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狭い海峡を通ってきました

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係留する場所があまりありません

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46フィートベネトウのマルティニに横抱きさせてもらいました

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マルティニのロバートさんとシルビアさん

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ロバートさんはオーストラリア出身、シルビアさんはフランス人で夕刻にマルティニ船上でマルティニをご馳走になりました。

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2017年7月24日 (月)

ボズブルンからギリシャのシミ島へ

7月24日の朝7時半頃に出航の準備をしているとマリーナ管理の担当者がうめぼしまで来てマリーナ事務所まで来てくれと言います。ボスが会いたがっていると言っています。何事だろうかと訝しみながらもすぐに一緒に徒歩3分の事務所まで行ってみると大柄な所長らしき人がにこやかに握手を求めてきます。コーヒーをご馳走になりながらひとしきり話をしたあと今度は所長のバイクの後ろに乗せられてツーリングに行くことになりました。港に沿って東に5分ほど走ると山畑の中に大きな船が現れました。素材はマホガニーとチークの全長30mの大型木造帆船で所長のDurmusさんが息子のために作っているそうで来年には完成予定とのことです。建造費は百万ユーロくらいとのことです。その後9時にサーリフさんの事務所に行きマリーナ入口の一つの建物に入っているポリスとカスタムの3つの部門を廻り9時半には出国手続きは終了していました。すぐに快晴無風のなか出航し14海里を機走し13時にシミ島の港に到着しました。しかしバウアンカーのスターン付けの場所しかなくいろいろとぶつぶつ言っていると港の外に行けと言います。行ってみると担当者が待っていてくれて岸壁を指し示しています。横付けの場所を提供してくれたのです。13時40分には係留が完了しさっそく入国手続きをしに出かけました。まずイミグレーションポリスでクルーリストを作成しパスポートに押印をしてもらい、カスタムでトランジットログを発行して貰い(40ユーロ)、ポートポリスでチェックを受け15ユーロを支払い3時には入国手続きは完了していました。各オフィス共に徒歩5分くらいのところにあり比較的便利に手続きができるところだと思います。係留料は無料のようで払わずじまいでした。

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所長のDurmusさんの船

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シミ島

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2017年7月23日 (日)

出国手続き

ボズブルンからギリシャのシミ島に向けて出国することにしました。ゆかりさんに紹介していただいたエージェントのLODOS YACHTINGの事務所に行きサーリフ(Salih)さんに手続きをお願いしました。明日の9時に再度事務所に行って出国処理をすることになります。費用は40ユーロでした。ボズブルンは小さな町ですがシミ島の玄関口として入出国に必要な窓口が狭い範囲に揃っていて手続きをするには非常に便利な所です。また入り江の奥深いところにあり多くのヨットや観光レジャー船が行き交っていたりビーチホテルがたくさんあってリゾート地として賑やかな雰囲気を醸し出しています。

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ボズクからボズブルンへ

7月23日の朝7時40分にボズクを出航し11時30分にボズブルンのマリーナに係留が完了しました。出航時は快晴で北西の風が6m前後吹いていました。初めの岬にかかる8時過ぎには8~9mになり波もありましたが2つ目の岬にかかる9時過ぎには風速3m程度まで落ち岬を回ったあとは無風でした。ボズブルンの港にはモアリングロープがないということで隣の50フィートヨットに横抱きさせて貰いました。14海里を4時間で航海しました。桟橋には電気水道の設備があり係留料は一泊40リラ(約1320円)でした。

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ボズブルンの町の遠景

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2017年7月22日 (土)

エキンジキからボズクへ

7月22日は朝の7時にエキンジキを出航しボズク(Bozuk Buku)のレストラン桟橋に16時に到着しました。出航時は快晴無風でしたが9時には西北西の風が5~6m程吹き出し10時には西に11時には南西にシフトしてきました。南西はほぼ真向いの風になりますので行先をCiftlikに変更して西に向かいましたが岸に近づくと風が弱くなってきましたので11時半の時点で残り15海里で再度ボズクに向かうことにしました。しかし13時頃から風が強くなりだして10m前後ブローの時は14mになりました。全体的にはそれほど吹いていないと思われるのですが地形の影響などで局所的に強い風が吹くことがあるようです。早々にセールを降ろして機走でゆっくりと走りました。総行程34海里を9時間かけて走りました。

ドングルで取れたGPSログが一部だけでした

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はじめと終わりを書き足しました

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途中1ポイントリーフにしてみました

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ボズクの桟橋とうめぼし

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レストランアリババの裏山の遺跡から

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レストランの中に日の丸を掲げてくれました

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夕食(50リラ)

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ボズクの桟橋

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裏山の遺跡

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2017年7月21日 (金)

ギョジェキからエキンジキへ

7月21日朝7時20分にマリントゥルクを出航し15時30分にエキンジキの桟橋にもやいが完了しました。総行程33海里で所要時間8時間10分と船速は平均4ノットでした。ギョジェキを出航して南の岬を回るまでのレグはほぼ無風で機走しその後次の岬までの北西行のレグは西南西の風が5mから8mでクローズホールドの機帆走、最後の北北西行のレグは南西の風6m前後でエンジンを止めてアビームで帆走という大きく3つのレグでした。2つ目の岬では最後に登りきれずにセールを一旦とじて真風上に機走したのですが風は9mくらいあり波も50cm以上出て少し難儀しました。やはり岬の航行には注意が必要だと再認識しました。

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エキンジキのレストランマリーナ

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エキンジキのレストランで夕食(156リラ)

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ギョジェキを出航

ギュチルさんゆかりさんマリントゥルクでは大変お世話になりました。ありがとうございました。前回同様係留料金にご配慮いただきましたことをはじめオートパイロットやウィンドラスなど艇の整備の段取りからトレッキングへのご案内まで何から何までのお心遣いをありがとうございました。また毎回のようにお食事をご馳走になり申し訳ありませんでした。お陰様で十分な休養と整備をすることができました。7月21日は朝7時にギョジェキを出航し35海里ほど西にあるエキンジキのレストランマリーナに向かいます。

出航前の20日夕刻のお茶会

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2017年7月20日 (木)

インリジェトレッキング

7月20日は朝の5時45分にギュチルさんとゆかりさんに車で迎えに来て頂いてギョジェキの西5kmほどのところにあるインリジェ村の近くの遺跡のある丘のトレッキングに出かけました。6時から登りはじめ250mほどの高台に着くと垂直な岩壁に作られた岩窟墓がたくさん見えました。昔ここに住んでいたリキアの人々はきっとこの丘に何度も登ったに違いないのですが最近のトルコの人はあまりトレッキングにはなじみがないようで道はあるのですが背の低い灌木や雑草が道をふさいでいるところが多くありました。また道沿いにはタイムというハーブの一種もたくさん自生しておりゆかりさんはお茶用に少し摘んで持って帰っていました。自然豊かな丘を朝の涼しいうちに登り8時には丘を降りてきて今度はインリジェビーチに行きギュチルさんは海で泳ぎゆかりさんと私は涼しい浜辺でお茶をして過ごしました。帰りにレイマリンの代理店に寄って修理が完了したオートパイロットを受け取って帰りました。修理代金は240リラ(約8000円)でした。これで出航準備はすべて終わりました。

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トレッキングした部分の拡大

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岩窟墓

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朝日をバックにギュチルさん

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インリジェビーチ

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2017年7月19日 (水)

エルトゥールルさんの来訪

7月19日は久々に高圧洗浄機ケルヒャーを引っ張り出して艇の清掃をしました。ハルの水面付近に緑色の海藻がついていたのでテンダーを降ろしてテンダーからケルヒャーを使ってきれいにしました。しかし高圧洗浄機は海の水の中ではあまり有効ではないようで水面下の部分はあまり剥ぎ落とすことができませんでしたが水面ぎりぎりのところはまあまあきれいになりました。次にデッキの上を清掃しました。チーク材の部分には土埃が染みついていましたがある程度落とすことができ黄土色の木の色が少し戻ってきました。11時にはさちよさんとその友人のエルトゥールルさんが来られました。そうあのエルトゥールル号と同じ名前の人です。エルトゥールルさんはフェティエに9mのクルーザーを持っていて将来はイタリアやスペインまで航海していきたいということです。昼食はエルトゥールルさんにご馳走になってしまいました。

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エルトゥールルさん(右)

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2017年7月18日 (火)

艇の整備(続き)

7月18日も艇の整備をしました。セールドライブのギアオイルに海水が混入してオイルの色が乳白色になっている件でギアオイル注入口からパイプを差し込んで乳白色のオイルを吸い出して新しいオイルを注入しました。オイルはエンジンオイルと同じ15-40を使い2リットル弱の交換になりました。これでしばらくは大丈夫ではないかと思われます。もちろん毎回チェックは続けることにします。エンジンオイルも追加しました。午後からアジズさんが車でダラマンまで行って注文していたベアリングを取ってきてくれました。そしてさっそくウィンドラスの組立取り付けをしてくれました。これでウィンドラスも新品同様ですし構造も概ね理解することができましたので次回からはある程度自分で診断程度はできるようになったと思います。

オイルチェンジャーの下半分に白い油が2リットル弱入っています

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取り付けられたウィンドラス

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2017年7月17日 (月)

艇の整備

7月17日はギョジェキのマリントゥルクに滞在して故障していたオートパイロットのNO2とNO3をレイマリンの代理店の人に預かって貰いました。また動かなくなっていたアンカー用ウィンドラスをIRMAC Yachtingのアジズさんに分解診断をしてもらいましたところモーターとウィンチの間に入っているベアリングが固着していることがわかりました。さっそく車でダラマンの部品店まで交換部品のベアリングを買いに行ってもらいましたがあいにく在庫がないということで明日のお昼までに取り寄せてもらうことにしてきました。ウィンドラスは本体をバウデッキから取り外しまたソレノイドをバウキャビンから取り外して錆びているところやグリースが固着しているのをきれいに掃除をし明日の部品到着を待って再度組み立てる予定です。オートパイロットもウィンドラスもゆかりさんにすべて手配して頂きました。ありがとうございました。

ウィンドラスの分解取り外しをしてもらったアジズさんにダラマンで昼食までご馳走になりました。

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取り外したウィンドラス本体とソレノイド(右)とベアリング(左下)

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取り外したあとのバウデッキの穴

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バウキャビン

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2017年7月16日 (日)

フェティエからギョジェキのマリントゥルクへ

7月16日(日曜日)は朝7時40分にフェティエのヨットクラシックの桟橋を出航しギョジェキに向かいました。快晴無風のなか1500RPMの低速運転で4ノット弱のスピードで機走しました。ギョジェキのマリントゥルクの入り口の給油ステーションに寄り軽油40リットル(192リラ)を購入しました。そして11時半にはポンツーンの最先端に横付けすることができました。また安田ゆかりさんとギュチルさんのご配慮により格安での係留です。昼食をゆかりさんとギュチルさんと一緒にしたあと日曜マーケットに連れて行ってもらい果物やタルハナスープを買ってきました。タルハナスープというのは野菜とヨーグルトで作った乾燥スープの素です。

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2017年7月15日 (土)

クサントス観光とフェティエクルージング

7月15日(土曜日)は朝テンダーを半年ぶりに降ろして桟橋まで行きそのままバスに乗って世界遺産のクサントス遺跡の観光に行ってきました。クサントスは紀元前7世紀から紀元7世紀まで栄えた古代リキアの首都です。小高い丘の上に劇場や大聖堂の跡が残っています。午後1時過ぎにはフェティエに戻ってきてさちよさんの自宅にお呼ばれしてそうめんをご馳走になりました。そのあとさちよ船長とそのお友達のメリケさんとうめぼしでフェティエ湾の外までショートクルージングに行ってきました。夕刻6時にはまた昨日と同じヨットクラシックのマリーナに戻ってきてヨットクラシックのレストランで夕食をご馳走になりました。(ヨットクラシックの係留料は無料でレストランの食事代は3人で205リラでした。)

右下がクサントス

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シアター

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広場(Agora)

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大聖堂(カテドラル)

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入口の門

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午後からのフェティエクルージングの航跡

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湾の外でひと泳ぎ

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メリケさんはトルコ航空の日本人担当CAだそうで日本語が上手です

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2017年7月14日 (金)

Karacaorenからフェティエのヨットクラシックへ

7月14日の朝の8時にKaracaorenを出航しフェティエに向かい11時半にヨットクラシックというレストランマリーナに到着しました。航海時間は3時間半、距離は14海里で天気は快晴風は2m前後と弱く機走中心でした。マリーナに着くとマリーナ管理者がポンツーンからテンダーで迎えに来てくれ今晩一泊したいというと今日は金曜日でチャーターヨットが帰ってくる日なのでポンツーンは空いていないがブイはあるということで近くのブイにもやいをさせてもらいました。一時間後にテンダーで迎えに来てもらうように頼んでありますのでこれから近隣の散策に出かけたいと思います。

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フェティエのエチェマリーナの西側

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遺跡の劇場の上に民家が

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紀元前4世紀の岩窟墓

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家形の石棺

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夕食はヨットクラシックのレストランでさちよさんにお付き合い頂きました。(係留料は無料、レストランの食事代は2人で130リラ)

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2017年7月13日 (木)

カルカンからKaracaorenへ

7月13日の朝7時40分にカルカンを出航し30海里ほど西にあるGemiler島の少し東にあるSoguksu湾のレストラン桟橋を目指しました。天気は快晴で途中南西の風が3mほど吹いた時もありましたがほとんどは微風または無風で機走または機帆走で走りました。15時半にはSoguksu湾の入り口にたどり着きましたが湾内は観光客を乗せた大型ヨットなど10隻ほどがひしめき合っていて入れそうもありません。テンダーに乗った案内人によると湾内は無理なので大きな湾の奥のほうにアンカーリングするように言われたのでそこを諦めて先日立ち寄ったKaracaorenに行くことにしました。途中Gemiler島の遺跡を見物しながら行きました。ハイシーズンに入ったようでこのあたりは観光船やヨットやモーターボートで非常に混んでいて観光地らしくなってきました。全行程33海里を約9時間かけて航海し16時半にKaracaorenのブイにもやいが完了しました。

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Gemiler島付近の航跡

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Gemiler島の遺跡

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2017年7月12日 (水)

カシュからカルカンへ

7月12日7時10分にカシュ旧マリーナの南側のBayindir湾の一番奥にあるホテル桟橋を出航し約15海里西にあるカルカンマリーナに11時過ぎに着きました。弱い西風が吹きセールを上げることなく機走だけで1500RPMとゆっくりと走りました。カルカンマリーナに着くとセーリングヨットが6艇ほど係留していましたので空いているところを狙ってバウから突っ込みマリーナ設置のもやいロープを要求して無事に係留することができました。前回はアンカーリングがうまくいかず不安定な係留でしたが今回はしっかりと係留できました(係留料金は90リラ)。午後からカルカンのバスセンターまで行ってバスで10kmほど西側にあるパタラ遺跡まで行ってきました。パタラは港として栄えた町の遺跡で劇場や集会所、町の中心の店舗、浴場、給水場などの跡が残っていました。(バス往復12リラ、入場料15リラ)

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パタラ遺跡

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海から見たパタラの砂浜

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2017年7月11日 (火)

ユチャウズからカシュへ

7月11日は朝8時20分にユチャウズの桟橋を出航しケコワ島の沿岸を観光したあとにカシュへ向かいました。天気は快晴で南西の風5mです。ほとんどを機走で走りましたが途中少しだけクローズホールドの機帆走をしました。約17海里を5時間で走り13時20分にはカシュの旧マリーナの南側の入江にあるDelos Beach Hotelの桟橋にもやいを取ることができました。ここは車が通る道が通じていないところでアクセスは海からの船だけのようです。みなさん親切でのんびりと休暇を過しておられるようです。

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ケコワ島の沿岸を散策

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Delos Beach Hotelの桟橋

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ホテルの支配人のOzgur Ozturkさんにはお世話になりました。係留料は無料でレストランはリーズナブルな価格のメニューで昼食と夕食(ビール3本とワイン1杯)代合せて90リラでした。

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2017年7月10日 (月)

フィニケからユチャウズへ

7月10日は給油ステーションで軽油20リットルを購入して10時20分にフィニケマリーナを出航しケコワロードのカレキョイに向かいました。風予報通りに南西の風が5~7m程吹きしばらくは真向いの風の中を機走し12時頃岬を越えると今度は5m程の西風になりまた真向いの風になりました。その後13時半頃から南西の風7m程になりクローズホールドの機帆走でしばらく走ることができました。14時50分にはケコワロードに入ったのでセールを降ろし機走でカレキョイに向かい15時半にはカレキョイに着きました。しかしカレキョイのレストラン桟橋には多くの観光船が泊まるということで一泊したいヨットは沖にアンカーリングするように言われてしまいました。やむを得ずカレキョイをあきらめて前回と同じユチャウズのポンツーンに行き16時半にもやいが完了しました。総行程18.5海里を約6時間かけて航海しました。

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途中カレキョイに寄りました
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クローズホールドの機帆走(左の島がケコワ島)
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カレキョイの町
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フィニケのスーパーマーケットで買った9kg(9リラ)のスイカ

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2017年7月 9日 (日)

ケメルからフィニケへ

2017年7月9日の朝8時50分にケメルを出航し19時にフィニケのマリーナにもやいが完了しました。来た時と同じ40海里でしたが長い航海になりました。Windytvによると昨日今日と午前中に北東の風が吹くようでしたのでこの風を利用して戻ることにしました。予報通り8時過ぎから北東の風が吹き出しましたがマリーナオフィスが開くのを待って手続きを済ませてからの出航になりましたので少し出発時間が遅くなってしまいました。マリーナを出て20分ほど北東に機走しそのあと南に転針しセールを上げて帆走に入りました。北東の風ははじめこそ10mくらい吹いていましたが段々と弱くなり11時過ぎには風速3m程度になってしまいましたので機帆走にして先を急ぎました。それでも14時頃までは弱いながらも北東の風が吹いてくれましたので助かりました。その後南西の風が5mほど吹き出しましたがあまり強くならないうちに無事に15時半には岬を越えることができました。後は西北西に向けてクローズホールドの機帆走ですが17時半頃から風速10mを越える風になってきてかなりヒールしながら波をかき分けての機帆走になりました。お陰様で強風の向かい風にはならずに済みなんとか無事にフィニケまでたどり着くことができましたが久々の波でマリーナ内の静かな艇内にいても体がまだ揺れています。

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2017年7月 8日 (土)

アンタルヤ観光

7月8日(土曜日)は朝9時にマリーナオフィスに行き係留手続きを済ませました。係留料金は2泊で203リラ(約6500円)でした。そのあとケメルの街中まで行き約30km北にあるアンタルヤ行のバスに乗ったところアンタルヤ郊外のオトガルというバスセンターに到着しましたのでそこでアントライという新交通システムに乗り換えアンタルヤ中心部のイスメットパシャ駅に何とかたどり着きました。観光案内の本を片手にハドリアヌス門を見て時計塔に行きそのあと昼食をしてから考古学博物館を見学してきました。アンタルヤと言う街はトルコの中でも有数のリゾート地だということで多くの遺跡がありまたマリンレジャーも盛んな所だそうです。ケメルもその一角を担う高級リゾート地という感想です。ケメルのマリーナからほど近いリマン通りは歩行者天国の銀座のような感じでゆったりとした通りに噴水があり高級ブティックや宝飾店土産物店などが軒を並べています。でも私はそういう高級店には無縁で近くのスーパーでスイカ、メロン、チェリー、イチゴなどを買って帰ってきました。(スイカは一昨日は1kg1リラ=32円だったのに今日は1kg4リラでしたが買ってしまいました。)

ハドリアヌス門

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時計塔

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考古学博物館

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旧市街(カレイチ)にあるマリーナ

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カレイチと青い海

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2017年7月 7日 (金)

ケメルに到着

7月7日の19時半にケメルのマリーナにもやいが完了しました。フィニケのマリーナの給油ステーションで軽油20リットルを95リラ(約3100円)で購入し8時40分に出航しました。マリーナを出るとすぐに南西の風5mほどが吹き出し(元々吹いていた)ましたのでさっそくセールを上げて帆走しました。東南東に向けて15海里ほど走り岬を越えてしばらくすると南の風が弱くなってきましたので12時半からエンジンをかけて機帆走で走りました。総行程40海里ほどを11時間かけてのんびりと走りました。ケメルのマリーナでもVHF73chでコールするとすぐに応答がありテンダーが迎えに来てくれてもやいを手伝ってくれましたので安心して係留することができました。

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フィニケを出航

7月7日の朝9時前にフィニケを出航予定です。次の寄港地はケメルです。北東方面に40海里ほどの距離にあります。天気は快晴無風です。

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