カテゴリー「寄港地(ふれあいの旅)」の記事

2017年9月17日 (日)

イオス島の観光

9月17日はイオス島内の観光に出かけました。港の北東1.5kmほどのところにBC3000年頃の前期キクラデス文明の古代集落スカルコス遺跡があります。この遺跡は1984年に見つかり1986年から発掘調査がはじまり現在も調査が進められている比較的新しい遺跡です。小さな丘の上に位置しており石で造られたたくさんの集合住宅が通路を挟んで並んで建っており江戸時代の長屋のような感じではないでしょうか。2階建ての住居や壁に組み込まれた食器棚やお墓も見つかっています。羊、やぎ、ぶたの骨、また穀物、レンズマメ、果物の種も見つかっており牧畜や農業を中心に生活していて中にはギリシャ本土や他の島で作られた土器や青銅器もあり交易も盛んであったことが伺えます。ハンコ(シール)や壺に押されたスタンプなども見つかっておりこれらは特定の農産物の生産組合を示しているのではと言われています。ここから出土した遺物は1999年に開設されたイオス考古学博物館に展示されています。

スカルコス遺跡・遠景(中央の丘の頂上部分)

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遺跡の地図と出土品

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ハンコやシール

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通路と住居跡

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通路の階段

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薄い板状の片岩を重ねて作られた壁

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遺跡の頂上から・下に見えるのは管理棟

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昔もこんなロバを飼っていたのかも

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管理棟(昔の建物はこんな感じだったのかも)

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遺跡からイオス島の中心の町チョラにつながる遊歩道

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遊歩道沿いにも遺跡が・屋根はこんな感じだったのかも

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薄い片岩を縦向きに使っているところも

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チョラの町の郊外にある風車

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チョラの町の北西の丘の頂上に建つアギオスニコラウス教会

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頂上に建つアギオスニコラウス教会と白い家並み

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頂上からの眺め・メガヨットのマストが目立つ

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チョラの街並みと遠くに薄くサントリーニ島が

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アギオスニコラウス教会の近くで会った隣のヨットのメンバー

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町の中心部にあるイオス考古学博物館・内部は撮影禁止でした

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2017年9月14日 (木)

レシムノの町の散策

9月13日は午前中にポートポリスに寄ったあとレシムノの町の散策をしました。クレタ島は他のエーゲ海の島と同じように山や崖が多いのですが緑の多さがまったく違います。農産物も豊富に採れるようで亜熱帯のバナナやアボガドなどもマーケットの棚に並んでいます。ギリシャの中でクレタが最も豊かだと言われるゆえんの一つはこの農産物の豊かさにあるものだと思われます。レシムノの町はハニアと似ていてヴェネツィア時代の要塞で囲まれた旧市街の古い街並みが美しく散歩していても細い道沿いの商店や展示商品を眺めているだけで退屈しない楽しさがあります。まずは町の北端の丘の上にあるベネツィア時代の城塞に行ってみました。そして街中の教会の中にあるレシムノ考古学博物館を見学しました。ここにはレシムノ近郊のゲラニ洞窟から発掘されたBC4500年頃の女性フィギュアが展示されていました。キクラデス文明の女性フィギュアの原型ではないかと思われます。

ベネツィア時代の城塞

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大砲の弾(鉄製?)

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レシムノ考古学博物館

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ゲラニ洞窟から発掘されたBC4500年頃のもの

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2017年9月13日 (水)

クノッソス宮殿の見学

9月13日(水曜日)はイラクリオンの町まで行きクノッソス宮殿の見学をしてきました。レシムノのバスターミナルから8時45分発の高速バスに乗り1時間半ほどでイラクリオンに着きそこからまたバスで30分ほどでクノッソス宮殿に着きました。ミノア文明の中でも最大の宮殿と言われるクノッソス宮殿はBC2000年頃から1370年頃まで栄えた宮殿で世界でも最古の宮殿だと言われています。160m四方の宮殿は階段で繋がる複数階の構造になっており王座の間や広場や倉庫など様々な役割を持つ部屋が1200もあったということです。その後ミノア文明の多くが展示されているというイラクリオン考古学博物館に行き陶器や青銅器やフレスコ画などを見学しました。線文字Bで書かれているのは羊15000頭や槍1000本など当時の人にとって重要だと思われる事項が書き記されていました。牡牛を飛び越える人のフレスコ画やブランコの陶器などから当時の子供から大人までの遊びの様子を思い描くこともできました。長さ2m程もある大きな青銅器ののこぎりもありましたが当時の青銅器製造技術はどのようにして次の時代に引き継がれていったのでしょうか。

クノッソス宮殿

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イラクリオン考古学博物館・全体模型

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蛸の絵

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長さ2mくらいある2人で使うのこぎり

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イラクリオン旧港にあるベネツィア時代の要塞

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旧港の中にあるマリーナはほとんど満杯のような感じでした

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2017年9月11日 (月)

ハニアの町の散策

9月11日はハニアの町を散策してみました。ハニアは人口15万人のクレタ島で二番目に大きい町ですが街並みは中世の面影を色濃く残す歴史と観光の町です。特にうめぼしを係留したベネツィアンポートの近辺は海沿いに古い建物が並び道路にはタベルナが軒を連ね夜遅くまで多くの観光客で賑わっています。海と船の博物館には昔のベネツィアンポートの模型もあり港の入り口のチェーンやシップヤードなど当時の様子が偲ばれる展示も多くありました。ハニア考古学博物館には古代ギリシャ時代やローマ時代、ビザンチン時代のモザイク壁画やライオンのレリーフなど数々の品が展示されていました。そしてミノア文明の線文字Aの青銅器の展示もありました。

ベネツィアンポートの散策・うめぼしのすぐ前はタベルナです

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ジャニサリーモスク(左)と海沿いの建物

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灯台から見た街並み

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海と船の博物館にある港の模型・外敵を防ぐためのチェーン

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シップヤードの模型

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港の入口の西側から見た灯台と港

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シップヤード(当時はこの中で船を作り修理していた)

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ハニア考古学博物館

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ローマ時代のモザイク壁画

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線文字Aと書かれていた青銅器

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ギターを弾く男性の絵

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ライオンのレリーフ

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2017年9月 5日 (火)

エピダヴロス遺跡の観光

9月5日は午前中にナフプリオンの町を散策し午後からエピダヴロス遺跡の観光に出かけました。ナフプリオンの旧市街の南東側の200mの丘の上に1700年頃ベネツィアが築いたパラミディの城跡がありそこからの展望はすばらしいものでした。そのあとアクロナフプリア要塞跡に行きナフプリア考古学博物館を訪ねました。午後からバスに乗って25km東にあるエピダヴロス遺跡の観光に出かけました。昨日のミケーネ遺跡に続く世界遺産の連続訪問です。エピダヴロス遺跡は紀元前4世紀頃に作られた浴場、宿泊所、医療施設、音楽スポーツ施設などからなる複合療養所といった趣の古代のリゾートです。崖の上に建つ堅固なミケーネ城塞とは異なりエピダヴロスは穏やかな丘陵地帯の上にあり城壁もありません。ギリシャクラシカル時代からローマ時代は比較的平和な時が続いたように感じられます。

パラミディ城跡

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アクロナフプリア要塞跡

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ナフプリオン考古学博物館

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ミケーネ遺跡のティリンスから出土したBC1300年頃の甲冑

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エピダヴロス遺跡・古代劇場

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体育競技場・スタジアム

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聖なる仮眠所・アバトン

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2017年9月 4日 (月)

ミケーネ遺跡の観光

9月4日(月曜日)はナフプリオンの北20kmほどのところにあるミケーネ遺跡までバスに乗って観光に行ってきました。係留場所のすぐ近くのナフプリオンの旧市街と新市街の間にあるシングルー通りのバスターミナルでもらった行き帰りのバス時刻表が便利でした。ミケーネ文明はBC1450年頃~1150年頃にペロポネソス半島で栄えた文明でギリシャ文字の原型の一つである線文字Bが使われていたことやクレタ島のミノア文明の後を引き継いでいることでも有名です。遺跡は小高い丘の上にあり城塞とその中にある王宮や墓、貯水池などからなっています。専制君主の住まいでもあり外敵から攻められないように堅牢な作りになっていますが結局は「海の民」に攻め滅ぼされ同時に文明も消滅してしまったようです。3000年以上前の人々が安全を確保するために巨大な城を作りより快適な衣食住生活を求めて土器や青銅器を作りまた武具やおしゃれのための装身具も作っていた様子を想像することができるこの遺跡はすばらしいと感じました。そしてそれを可能ならしめたのは地中海の中でも石灰岩の地層が多いこの地域と穏やかな気候が背景にあるのではないかとも思いを馳せています。

ライオンの門

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円形墳墓A

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城塞の東側

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王宮の床

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北門

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城塞の北側斜面

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ライオンの墓

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ミケーネ考古学博物館

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ミケーネ遺跡の模型

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2017年8月29日 (火)

エギナ島の観光

29日はさっそくポートポリスに寄ったあと島内観光に出かけ、まずはバス(往復4ユーロ)でアフェア神殿を見に行きました。13時発のバスに乗り12km20分程度で島の北東側端海岸近くの高台の上に着きました。BC500年頃の建造で一つの石灰岩で造られたドリス式の柱が24本も残っていてエギナ島の女神アフェアに捧げられたというみごとな神殿です(入場料6ユーロ)。このアフェア神殿とアテネのパルテノン神殿とスニオン岬のポセイドン神殿を結ぶ三角形は月に照らされて白く輝く灯台の役目を果たしていたという話もあります。帰りのバスの車窓から聖ネクタリオス修道院を見ることもできました。

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アフェア神殿

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聖ネクタリオス修道院

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コロナ遺跡

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コロナビーチ

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港の界隈

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2017年8月27日 (日)

アテネ観光

2017年8月27日は再度アテネの観光に出かけました。パルキアまで3kmほどを歩きフェリー(1ユーロ)に乗って対岸のペラマまで行きそこで一日乗車券(4.5ユーロ)を買ってバスに乗りアテネ中心部のテセイオン駅近くまで行き古代アゴラ(8ユーロ)を見学しました。アタロスの柱廊やヘファイストス神殿やアグリッパの音楽堂ほかの遺跡を見たあと近隣のローマンアゴラやアドリアノスの図書館を巡りました。そのあとエレフテリアス広場からバスに乗ってダフニ修道院まで行きましたがあいにく着くのが遅くなり閉館したあとになってしまって世界遺産のモザイク画を見ることはできませんでした。

アタロスの柱廊

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アタロスの柱廊の2階

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ヘファイストス神殿

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アグリッパの音楽堂

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ローマン・アゴラ

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風の神の塔

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アドリアノスの図書館

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ダフネ修道院

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2017年8月26日 (土)

45フィートトリマラン

8月25日の夕刻に松崎さんの友人の石坂さんご夫妻が45フィートのトリマランに乗ってサラミスマリーナに来られました。時々10m以上の北西の風が吹く中、松崎さん、ポールさん、マリーナ管理者のエリーさん、私の4人で着岸のお手伝いをしました。大きな船なので適当なバースが無く50フィートくらいあるモノハル艇に横抱きさせる形で係留することができました。フランスの大西洋岸の中ほどにあるラロシェルのNEEL TRIMARAN社で2014年に新造した艇で横幅が8mもある高速艇です。その後20時過ぎからポールさんご夫妻、石坂さんご夫妻、松崎さんと一緒にポールさんお奨めのタベルナまでポールさんの車で連れて行って頂きました。(石坂さんにご馳走になりました。ありがとうございました。)

http://www.neel-trimarans.com/modele_bateau/neel-45/

無事是貴人(45フィートトリマラン)船上の石坂さんと邦子さん

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松崎さんと横付けしたモノハル艇

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マリーナ管理のエリーさんと娘さん

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タベルナ(Sofileuia)にて左から邦子さん松崎さんタニアさん

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2017年8月25日 (金)

サラミスの海戦

紀元前480年9月にアテネを中心とするポリス連合海軍がサラミス島と本土の間のサラミス水道においてアケメネス朝のペルシア海軍に壊滅的な打撃を与えた海戦です。ペルシアの主力艦隊約700隻とポリス連合の約400隻が激突したものです。当時の軍船は三段櫂船という数百人の漕ぎ手兼戦闘員が乗る大きな船で船同士をぶつけたり接舷移乗して戦闘をしていました。狭いサラミス水道にペルシア艦隊をおびき寄せ大きく重く白兵戦に強いポリス連合が接近戦でペルシアを圧倒しました。

三段櫂船

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サラミス考古学博物館

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