カテゴリー「書籍の紹介」の記事

2013年9月 2日 (月)

逝きし世の面影

江戸時代末期から明治時代初期にかけての日本文明の姿や日本人のありようについて、その当時日本を訪れた西洋人による見聞録がたくさん綿密に書かれています。その中には日本人にとって当たり前のことであっても西洋人にとっては驚きや感動の目で描写されている内容があります。それらの「外側から見た日本人」について書かれた多くの文章を丁寧に中立的な視点でまとめ、当時の日本人の特徴を鮮やかに描き出した本があります。渡辺京二著の「逝きし世の面影」です。

まずはその中の一部を掲載します。
一つ目の視点は「明るく幸福そうな人々」です。
『これ以上幸せそうな人びとはどこを探しても見つからない。喋り笑いながら彼らは行く。人夫は担いだ荷のバランスをとりながら、鼻歌をうたいつつ進む。遠くでも近くでも、「おはよう」「おはようございます」とか、「さよなら、さよなら」というきれいな挨拶が空気をみたす。夜なら「おやすみなさい」という挨拶が。この小さい人々が街頭でおたがいに交わす深いお辞儀は、優雅さと明白な善意を示していて魅力的だ。一介の人力車夫でさえ、知り合いと出会ったり、客と取りきめをしたりする時は、一流の行儀作法の先生みたいな様子で身をかがめる(アーノルド)』

二つ目の視点は「親切で礼節をわきまえた人々」です。
『住民が鍵もかけず、なんらの防犯策も講じずに、一日中家を空けて心配しないのは、彼らの正直さを如実に物語っている(クロウ)』
『もう暗くなっていたのに、その男はそれを探しに一里も引き返し、私が何銭か与えようとしたのを、目的地まですべての物をきちんと届けるのが自分の責任だと言って拒んだ(バート)』

そして三つ目の視点は「貧しいけれども清潔な人びと」です。
『この土地は貧困で、住民はいずれも豊かでなく、ただ生活するだけで精一杯で、装飾的なものに目をむける余裕がないからだ(中略)それでも人々は楽しく暮らしており、食べたいだけは食べ、着物にも困っていない。それに家屋は清潔で、日当たりもよくて気持ちがよい。世界のいかなる地方においても、労働者の社会で下田におけるよりもよい生活を送っているところはあるまい(ハリス)』
『彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる(ハリス)』

特に、日米修好通商条約を締結したタウンゼント・ハリスの証言から、江戸時代は日本人が外国の影響を受けることなく、独自に築いた素晴らしい文明であったことに気づかされます。
江戸時代には日本人は共同体を中心とする生活のなかで、人に対する情の深さや信頼、或いは礼節といったものを身につけていました。それが開国により個人を束縛するものから解放する自由や平等、個人主義といった近代的価値観がもてはやされ、江戸時代の良き文明が失われていったのです。

この本に描かれている百数十年前の日本人の生き方や価値観と現在の日本人のそれとを照らし合わせることは、複雑な現代社会の姿を整理し、より多面的に認識する糧になります。現代の日本では失われてしまったものや失われたように見えても心の奥底には今でも保存され、価値判断よりどころとなっているものもあるでしょう。また、既に失われてしまったものでも日本の未来社会のあるべき姿を考える時の指標の一つとして取り入れたり、場合によっては失われたものを改めて取り戻すことがあってもよいのではないかと思います。

著者はこの文明は一回限りの有機的な個性の文明として明治以降の日本近代化の流れの中で既に滅んでしまったと述べています。しかし、私には現在の日本人にも当時の人々の精神の多くが残されていると思われます。
確かに近代以降の西洋文化の流入や敗戦後の復興の過程において日本人の内面的な精神が衰退と退廃を続けてきたことは間違いないでしょう。そうはいっても、まだまだ海外諸国と比べると当時の日本の良さがいまだに失われていないところが数多くあるように感じられます。
例えば仕事への取り組み姿勢の違いです。西欧諸国ではいまだにマネジメントとオペレーションははっきり分かれていると言います。オペレーションに携わっている人々は仕事と個人の生活をはっきり分離して捉えています。
日本人はオペレーションにも仕事のやりがいを見つけ、一生懸命に取り組みます。それが現場力の違いとなって色々な分野で外国との差別化要因となっています。日本人にはそれを会社人間というように自嘲的に捉える人も多くいます。そういう見方もあるのかもしれませんが、仕事に真摯に打ち込む姿勢という面で捉えれば素晴らしい美質だと思います。
また日本の中では物を置きっぱなしにしても無くならないというのも現代に通じる事象でしょう。いまだに少し田舎にいくと無人の野菜売り場はたくさんありますし、ホテルの新聞もコインボックスが置いてあるだけです。街の中でもカメラなど置き忘れても、それを勝手に持って行ってしまう人はめったにいません。外国人から見れば、日本は特別な信頼/信用社会なのです。大震災で日本人の絆が見直されたこともあります。
未来の日本を展望するときに、質素で明るく人間味豊かな江戸時代の文明を今一度振り返りつつ、日本のあるべき姿を考えていくのも一考の価値があるでしょう。

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2013年8月11日 (日)

梅干と日本刀

日本人の知恵と独創の歴史を書き表した樋口清之氏の名著、『梅干と日本刀』の紹介です。日本人とは何か、という基本的なテーマを背景にして、日本人とその文化の価値観を多面的に捉えようとしています。日本人が意識せずに合理的な生活をする科学を持っていたこと、鋭い観察力に支えられた自然順応の知恵があること、住みよい人間関係に基づく生活共同体を作ってきたことなどが書かれています。本のタイトルとなっている『梅干と日本刀』は日本人が知恵や技術を使って生み出した物の代表例という意味です。

今回はその中でも大いに共感を覚えた相互信頼感と共同体意識に関する考え方について、その一部をご紹介します。

「人間の相互信頼を世界に類がないほど極限にまで推し進めた商法が富山の薬売りである。富山の冬は雪が深い。冬の間の出稼ぎとして配置売薬を始めたのである。各農村を回って村々に薬を置き、だいたい一年後に集金に回って、新しい薬と差し替えて行く。これはまったくの信用販売制である。現物先渡しで現金は完全な後払いである。」(451頁)

このような相互信頼感がどのようにして培われてきたのか。次のような記載があります。

「日本人は非常に早い時代に混血して以来同一民族として生きてきた。しかも遊牧生活と漂泊生活の経験がない。石器時代から定着生活である。土地と人間の生活が密接にくっついているために地縁と血縁がいつも一緒にある。長期にわたる定着生活によって地縁関係がやがて血縁関係だと擬制されていく。地縁が生む相互信頼が、血縁が持つ相互信頼にまで深まって日本人の精神構造の中に定着していったのだ。」(475頁)

地縁と血縁がからまりあうなかで共同体の中での強い相互信頼が日本人の根本的価値観になってしまったということです。

「日本人の精神構造の奥深く定着した相互信頼感、共同体意識は、たとえ、共同体そのものが崩壊しても、根強く残るほどになっている。それはもはや感性の一部であり、無意識の領域にまで食い込んでいる。日本人がこれを失うことはない、と信じる根拠である。もし、これを失ったら、私は日本は崩壊すると思う。なぜなら、日本を支えてきた原動力は、この共同体意識の中にある相互信頼感だと、考えるからだ。」(477頁)

さらに、西欧的発想に基づく近代的経営は相互不信が基礎になっており、そこには共同体意識のかわりにエゴイズムがあると言っています。企業活動においても相互に信頼感がないとそれを担保するためのコストが余分にかかるようになり、ひいては生活者や消費者にとっても不利益へとつながります。

江戸時代の越後屋や白木屋などの大店は丁稚・手代・番頭といった従業員を家族同様に扱う擬制家族的経営体を採っていました。「それが明治以後に近代的な経営体に脱皮して権利義務の考え方を媒体とした雇用関係に形を変えてきた。それが日本の近代化の過程であった。そして私たちも旧来の経営体を前近代的といって葬り去ることが近代的だと意識してきた。確かに人権を守るという意味においては近代思想を取り入れていくのは当然のことである。その一方でこれからの時代に必要な真に強い企業体を作っていくためには権利と義務を媒体とする雇用関係を超えた心の信頼関係を持つことが必要だと思うのである。言い換えれば擬制家族的経営体の核になっていた相互信頼こそがこれからの新しい困難な時代の中で企業を維持し発展させていく大きな力になると思うし、むしろそういう形こそ超近代的経営といえるのではないか。」(507頁)

2013年本屋大賞第一位をとった百田尚樹氏の出光の創業者・出光佐三をモデルにしたノンフィクション・ノベル『海賊とよばれた男』でも、佐三が全社員を家族とみなしたその姿勢に社員も猛烈な働きで応える姿が描かれていました。現代においても共同体意識を経営の基本において大きな成功を収めている企業もあります。

一見古めかしい日本人論、日本的経営論のように思われるかもしれませんが、人間の相互信頼を前提とする経営の考え方こそ、まさに世のため人のため、という方向に向かう原点であるように思われます。 2

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